【花まるコラム】『声の力』椿原葵

【花まるコラム】『声の力』椿原葵

 花まる学習会の授業では、発散と集中のメリハリを大切にしています。最後まで授業に集中して取り組めるのは、前半に発散の時間を作っているからです。あり余るエネルギーを放出させ、だんだんと集中モードに移行させていきます。

 声を出すということは、発散に大きな役割を果たします。発散のために、花まるでは四字熟語や短歌を音読しています。低学年の教材では1年間に100個の四字熟語を扱うのですが、なかには大人でもなじみのない熟語もあります。ですが反復練習の効果は大きく、1年の最後にはテキストを見ずに暗唱してしまうことさえあります。

 ほとんど覚えてしまった四字熟語。年度末の最近は一度に100個まとめて読んでいます。またそれだけでなく、ここ数回の授業ではさらにハードルを上げ、私が読み上げたあとに復唱するのではなく、全員で声をそろえて読むことにチャレンジしています。

 1番の「曖昧模糊」から始め、みんな最初は余裕という表情ですが、番号を追うごとにだんだん緊張感が増してきます。途中で止めることなく100番まで読む。ページをうまくめくれなかったり、噛んだりしないかと、私も内心ドキドキしています。心なしか、テンポもだんだんと速くなってくるように感じます。そして最後のページ、100番目の「和気藹藹」が目に入ると、ゴールはすぐそこです。すべて読み切ると、みんな達成感と安堵が半々といった顔をしています。

 とはいえ、授業はまだまだ始まったばかり。次はキューブキューブの時間です。ここで、おもしろいなと思ったことがありました。キューブキューブでは、かけ声とともに問題を見せます。100個の四字熟語を読んで疲れたのではと思いきや、想像以上に元気で、一体感のある声が聞こえました。

 司会に続けて復唱するのではなく、同時に声をそろえて読むためには、自分の声を出すと同時に、相手の声を聞くことも必要です。それには、発散だけでなく全員を一つにする力もありました。

 発声にはエネルギーを発散させる働きもあれば、心をほぐす働きもあります。新しく年長になる子どもたちに向けた体験授業でのことです。

 後ろで保護者の方が見学するなか、子どもたちは緊張した面持ちです。授業の冒頭に、「できた!」という声とポーズの練習をしました。「思いっきり腕を伸ばすんだよ」とお手本を見せたあと、1回目をやってみます。子どもたちは「これでいいのかな」と、おそるおそるの様子でした。

 「そうそう、そんな感じ。次はもっと元気にできるはず!」と伝えてからの2回目。さっきよりも声が出て動きも大きくなります。「その調子で最後にもう1回!」「できたー!」

 3回目の声を聞いたとき、驚きました。これが、ほんの数分前まで不安そうな顔をしていた子どもたちだろうか。そう思うほど、子どもたちの顔はすっかりゆるみ、笑顔になっています。その瞬間、子どもたちと私の歯車が、かちっとはまったような感覚がありました。緊張が解けるだけでなく、発声によって気持ちが一つになったのです。

 いま、このコラムを書きながら、中学生のころの部活の思い出が頭に浮かんでいます。ソフトボールの試合で、守備のときにバッターに向かって「来ーい!」と叫んでいた光景です。本当は、自分のところに打球なんか来てほしくありません。ですが、その弱い気持ちに打ち勝つために言っているのです。口にしたからには確実にアウトにしなければと、なんとか自分に思い込ませて試合に臨んでいました。

 元気な声で音読をすると、それだけで元気が出てきます。思いっきり笑うと、その笑い声でさらに楽しくなってきます。そういえば、ジブリ作品の登場人物も、よく大口を開けて笑っているなと、ふと思いました。その姿には、力強さや躍動感があふれています。

 楽しいことやおもしろいことに夢中になれる子どもたち。そんな彼らのエネルギーを余すことなく出し切れる、元気な声と笑顔のあふれる授業をおこなっていきます。

花まる学習会 椿原葵(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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