【花まるコラム】『意欲をつぶさない』市沢大我

【花まるコラム】『意欲をつぶさない』市沢大我

 「次は6ページ!」と言われても、ペラペラとページをめくっていますが、なかなか見つけられないある男の子。ほかの子は見つけて、もう先生が次の単元の説明をしている状況。それでもまだページをペラペラとめくり探しています。また「1、2、3」と皆で声を揃えて数字を数えていくときも、ほかの子が5のときに3を指している、といった具合です。そんな状況なので、私が「次のページはここだよ」と開いてあげたり、「途中でも大丈夫だよ。次にいこう!」と声をかけたりします。すると、すべてできないことに対してとても悔しそうな表情をしていました。年長ながら眉間にしわをよせてムスッとしています。「はやい!」「まって!」と言うこともありました。自分でやるから手出しはしないで、サポートもいらない、といった様子です。確かにその子を一歩退いたところから見れば、「1、2、3」と言いながら力強く数字に指をさしていたり、図形を描く際は大きく手をシュッ!シュッ!シュッ!と精一杯動かしてこれから書く図形を頭に叩き込もうとしていたりしました。そこで私は、次の週から見守ることに決めました。最初に変化が表れたのは、ページをめくること。少しずつページをめくるスピードが速くなりました。そして彼の変化のなかで一番驚いたことは、運筆のスピードを合わせられるようになったこと。(運筆とは、思い通りに素早く手を動かす鍛錬です)先生の「1、2、3!1、2、3!1、2、3!」という声に合わせて図形を描いていくのですが、それにピッタリ合わせられるようになっていました。素早く思い通りに描けるまでには、例年多くの子がそれなりの時間を要するのですが、それを短期間で乗り越えていきました。
 私が彼を見守ることに決めた要因があります。それは「意欲」です。彼は一生懸命ページをめくっているし、一生懸命数を数えている。顕著に頑張りが表れていたのが運筆。何度も指で四角形や三角形を空中に描くのですが、その姿から「絶対覚えてやるぞ!」という気合いが強く感じられました。それだけがんばっているからこそ、「みんなが終わったからといって切り上げたくない」という気持ちが表れていると感じました。その思いが眉間にしわをよせることや、「はやい!」「まって!」という発言につながっているとわかりました。この子は意欲がとてもあるからこそ、変に「次のページにいこう!」「このページだよ!」と手を出すことはかえって逆効果になるのではないかと思い、見守ることにしました。

 花まる学習会では、子どもたちがあと伸びしていけるように、意欲をつぶさないということを大切にしています。彼はほかの子と比べれば「遅れている子」でしたが、いまでは多くの年長の子が苦戦する運筆をクリアできるようになりました。もし私が「ここのページだよ!もう始まってるよ!」「次のページにいくよ!」と言い続けていたら、彼の意欲はなくなって「もうやりたくない」と、運筆もクリアできなかったと思います。あと伸びできるように意欲をつぶさない、その大切さを改めて教わりました。

 後日、彼のお母さんとお話をする機会がありました。「授業でどうですか?あの子はマイペースなので、ほかの子よりもかなり遅れていると思います。ただ、あの子はあの子のペースで伸びていくと思うんですよ。私もフルタイムで働いているので、いい距離感を保てているんです」と仰られていました。週1回その子と会う私でも、「次のページはここだよ!」「そうじゃないよ、こうだよ!」と伝えたくなります。毎日接するお母さんなら、そう感じることも山のようにあると思います。しかしそのお母さんはこの子のペースで伸びていくと信じ、まわりと比べていませんでした。その男の子の意欲の高さはお母さんあってのものだと感じるとともに、「その子の成長を待つ」ことが大きなものであると改めて感じました。

花まる学習会 市沢大我(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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