8月末の授業から、ついに1年生の作文書きがスタートしました。初めての作文に、少し緊張した様子の子どもたち。
「夏休みのことを書きたい」
「妹を紹介する作文にする」
など、テーマを決めて挑戦しながらも、最初の一文目はどのように始めよう、と自分の頭で精一杯考えていました。
花まる学習会の作文は、基本的にテーマは自由です。子ども自身がそのときに書きたいことを書いています。しかし、初めての作文で「好きにしていいよ」と言われても、勝手がわからず却って書けなくなるもの。その緊張を乗り越えて、無事に書き終えることができました。
教室で子どもたちが書いた作文は講師に提出されるのですが、最終的に私も目を通します。自由な空間で思い思いの作文を書いているので、どれも個性的でおもしろいものばかり。そのなかでも、非常に興味深い作文に出合いました。3年生Hちゃんの作品です。
『やっちゃった』
この前、家でわらびもちを食べました。パックをあけて、きなこをふりかけようとしたら、せんぷうきの風でぜんぶふきとんでしまいました。
それを見たお母さんと二人で
「やっちゃったー」
という顔をしました。
さほど珍しい出来事ではありません。この作文をみんなに紹介したところ
「僕も同じことしたことがある!」
と答える子が数人いました。しかし、その出来事を作文に残したのは、Hちゃん一人だけです。この作文を書くとき、彼女はとても楽しそうな表情をしていました。書き終えたあとも、それを読んだ大人たちの反応を見ては笑っていました。きっと、誰が読んでもおもしろいと確信していたのだと思います。
しかし、この出来事を「おもしろいこと」と真に感じている子はどれほどいるのでしょうか。おそらく多くの子は、いつもの日常の一部分としか感じずに、忘れ去ってしまうでしょう。かくいう私も、同じ失敗をしたことがありますが、特に印象に残らず忘れていました。
これこそ「感性」の豊かさによるものです。目の前の小さな物事に対して、何か感じるものがあるかどうか。「取るに足らないこと」と見過ごしていないか。小さな発見に心を動かされる力こそ、感性なのだと私は考えています。
Hちゃんに限らず豊かな感性を持っている子の作文は、日常の一コマを切り取った作品が多いです。
「テレビのリモコンが無くなって家族総出で探した話」
「苦手な里芋が夕飯に出てきて、すり潰してから食べようとした話」
などなど。こういったおもしろい話は、実は誰でも身近に起こっていることばかりです。
私の好きなテレビ番組に「人志松本のすべらない話」というものがあります。お笑い芸人を主に、ゲストが身近に起きたおもしろい出来事を話す番組です。やはり芸人ということもあり、おもしろいトークが出てきます。しかしよく聞いてみると、彼らの話も日常の一コマを切り取ったものが多く、奇抜な出来事はほんの一握り。日常の小さな一コマを楽しむ力は、作文だけに限らず、さまざまな分野のプロが大切にしている力でもあります。
豊かな感性は一朝一夕で身につくものではなく、ましてやムリヤリ伸ばせるものでもありません。それでも、日々の一つひとつに想いを馳せる習慣さえあれば、磨いていける力でもあります。
想いを馳せるのに必要なことは何かと考えると「目の前のことを楽しもうとする」心構えだと思っています。楽しくなるから、目の前の小さなことも見逃すまいと思えるのです。
慌ただしい毎日の中で見落としがちですが、時には小さな物事に対して、ぜひ目を向けてみてください。
花まる学習会 桂田拓弥(2021年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。