【花まるコラム】『かわいい子には旅をさせよ』青山裕介

【花まるコラム】『かわいい子には旅をさせよ』青山裕介

 私はこの夏、サマースクールで群馬の片品村に行っていました。そこにあるのは大自然。子どもたちは初めて出会う友だちや大人と集団生活をします。集団生活をしていると、当然思い通りにならないことがあったり、一人のためにみんなの時間を使ったりということがあります。

 今回のサマースクールで、私はKくんという3年生の男の子と出会いました。サマースクール初日、子どもたちは集合場所の公園に大きな荷物を一生懸命背負ってやってきます。しかしそこにやってきたKくんはすべての荷物をお母さんに持ってもらっていました。お母さんが自分で持つように促しても決して受け取らないKくん。彼のサマースクールはそのような状態から始まりました。宿に到着すると荷物の整理(夜に着るパジャマや川遊び用の服など)は自分でしなければなりません。初日のKくんは、身のまわりの準備がとてもゆっくりでまわりのサポートが必要な状態でした。

 次の日のKくん。相変わらず準備はゆっくりです。それを見て同じチームのある子がしびれをきらしたようにこう言いました。「早くしろよ。俺らはKを待っているんだよ!」この子は前日からKくんに対して準備を早くするように声をかけていましたが、今回はそれまでとは違います。いままでは「ほら、早く行こう!」と明るい感じだったのですが、先ほどの言葉からはKくんに対するいらだちの気持ちが濃縮されている、私はそう感じました。Kくんもこれまでとは違うと感じたのでしょう。ずっと笑ってごまかしてきましたが、彼が反論しました。「なんでいつも俺ばっかり言われるんだよ!」そう言い残して部屋を飛び出し、廊下の隅で一人涙を流していました。

 「Kは何が楽しみでサマースクールに来たの?」私はそっと声をかけました。すると彼は「川遊び」とか細い声で言いました。「そっか、みんなも川遊びを楽しみにしていたけどKも楽しみにしていたんだね。なら早く準備をしよう。みんなの時間をとったらみんなが悲しむし、この時間はみんなにとってもKにとってももったいないよ。困ったときは言ってくれたらみんなが力になる。だから早く準備をしよう。みんなも心配そうに待っていたよ!」そう話をして30秒くらいでしょうか。彼は涙をぬぐい「準備する」と言って部屋に戻っていきました。そして部屋に戻ると、先ほどの友達が「ごめんな」とKくんに謝り、Kくんも「大丈夫」と答えていました。

 そこからのKくん。準備が早くなりました。脱いだ服をそのままにはせず、たたんでまとめておくという意識が芽生えました。並ぶときはサッと並ぶようになりました。身のまわりのことや時間に対する意識が変わりはじめたのです。自分のことは自分でする、そんな意識も芽生えたように感じます。

 時は流れ、最終日の解散式。Kくんともお別れです。お母さまにこの出来事、そしてサマースクールでの成長点を話していると「え、本当ですか!」と驚いた様子でしたが「でも帰りのバスを降りて荷物をいやな顔せず持ってきていたので、少しはたくましくなったのかもしれません」と話していました。そしてKくんは自分で荷物を持って家へと帰っていきました。

 愛するわが子。近くにいると面倒を見てあげたくなるのは当然です。子どもたちもつい甘えたくなってしまいます。しかし親元を離れると、何かあれば自分で解決しなければならない。Kくんはそれを繰り返し、一回り成長して帰ってきたのでしょう。「かわいい子には旅をさせよ」という言葉がありますが、これはまさしくその通りなのだと強く感じた出来事でした。さて、2学期の教室では子どもたちのどんな成長が見られるのか楽しみです。

花まる学習会 青山裕介(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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