自分だけほかの人と意見が異なるとき、全員の意見を尊重して合わせていくか、自分の思いを伝え賛同してもらうのか。このような状況に直面した、九人の男の子たちがいました。
九人のうちの一人、三年生のMくんは、何回も野外体験に参加しているベテランさんです。宿では私たちの班は二部屋を使うということになり、Mくんは二部屋を自由に行き来できることに目を輝かせて喜んでいました。
一日目の就寝時間迫る夜八時頃、布団敷きの時間に相談タイムの始まりです。狭いけれど一部屋に敷布団を敷き詰めてみんなで寝るか、二部屋に分かれて広々と寝るか。私はどちらの案も良さがあるし正解はないから、子どもたちに決めてもらおうと思っていました。Mくんがこれまで参加した野外体験は、どの宿も一部屋だけだったということで、彼は分かれて広々と寝たいという意見を真っ先に伝えます。一方で、
「せっかく出会った友だちと寝る前にいろいろおしゃべりするのも楽しいよね」
というほかの子の意見ももちろんあり、Mくんはそのとき、
「じゃあ、明日は二部屋に分かれて寝よう!今日はみんなと一緒に寝る!」とほかの子の意見に歩み寄り、無事に一日目が終わりました。
二日目、みんなで寝泊まりする最後の日、昨日同様に布団敷きの時間となりました。私は薄々感じてはいましたが、当初の予定通り二部屋に分かれて寝るということにはなりませんでした。四年生のTくんが、
「せっかく仲良くなったから別々に寝るのは寂しいな…」
と、口火を切ります。最初はMくん同様に、「昨日決めたことだから」と、Tくん以外は二部屋で寝る意見でした。私の思いはただ一つ、全員が納得する方法を選ぶこと。
「TやMのように、自分の気持ちをしっかり言えるってとても素晴らしいことだね。ルールを一つ伝えます。『どっちでもいい』は、なし。どうしたいかを、全員まずは話そう」
と、班のみんなに伝えました。すると、最初の希望からは変化が表れました。やはり、丸一日ともに遊びつくした時間は彼らにとってかけがえのない大きなものです。仲良くなったみんなで一緒に思い出を語りながら寝たいという意見が大半となり、二部屋に分かれたいのはMくんだけになりました。
「昨日は僕がみんなに合わせたから、今度はみんなが合わせて。二部屋使える機会なんて滅多にない、だから広々使いたい」
と、Mくん。聞けば聞くほどその通りだなと思うのです。平行線のまま就寝時間が過ぎようとしていました。私は全員に向けて話します。
「こういうときって、誰かが我慢をしなければならない。いやでしょ?だから我慢してもらったら、感謝の気持ちを持って、その人が『楽しかった!』っていう気持ちで帰れるように責任を持たなきゃね」
すると、Mくんは涙を流しながら、
「わかったよ!僕がみんなのことちゃんと楽しませるから。僕のやりたいことは二部屋で寝ることなの!」
と、叫びました。
「いや、Mが全部背負う必要はないんだよ。たった一人で八人を楽しませるってとても大変だから。ただ、その代わりにみんなでMが『楽しい!』と思えるようにしてあげよう!」
と、私は話しました。小学生には難しい判断だったかもしれません。そしてMくんには辛い決断だったと思います。どの意見も間違いはなく、私も最後まで本当に迷いました。ただ一つ、決定的に違っていたのは、それぞれの子が発する言葉でした。Mくんは「僕のため」であり、ほかの子は「みんなで」という思いだったこと。これは言葉の節々に、顕著に表れていました。
願いが叶わず大泣きするMくん。ほかの子たちは、「Mくんを絶対このままにしてはいけない」という思いで彼を見つめているようでした。
寝る直前に、Mくんに改めて「本当にこれでよかった?納得した?」と聞くと、
「うん、だって一人で八人を楽しませるって、やっぱり大変だなって思ったから」
と、答えるMくん。その表情は心のモヤモヤを一つスッキリと晴らした爽やかな笑顔でした。部屋の明かりを消すと窓の外には大きなさそり座がキラキラと輝き、「すごーい!」と言いながら肩寄せ合い、窓を覗き込む九人の後ろ姿。なんとも美しい光景だなぁと思わずにはいられませんでした。
花まる学習会 菅原忠(2021年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。