いままで中学生に訓話をする際に、「なぜ勉強するのか」という質問をよくしていました。子どもたちは、「将来のため」「成績をよくするため」など必死にしぼりだして答えてくれました。 ちなみに訓話のマニュアルには「わからないことをわかるようにするため、その習慣づけをすることで将来のためになる」という説明をするように書いてあります。
「なぜ勉強をするのか」という問いに対する答えはいろいろあるのでしょう。私のなかでは「選択肢を増やすため」というのが一つの解答だと思っていました。
しかし、あるときアカデミー賞をとった「グリーンブック」という映画を観たことで、自分のなかにまた別の解答浮かんできました。 それは「人生をより深く、楽しくするため」です。
当時私は、ただ話題になっている映画が封切されたのでちょっと観てみようかなという軽い感覚で映画館に行きました。しかし、観終わってから私は、軽い気持ちで行ったことを後悔しました。 事実をもとにした映画である「グリーンブック」は、その歴史的背景を知っていたほうが数倍楽しめたはずである、と。
黒人ピアニストのシャーリーがアメリカ南部のツアーに出かけ、それをイタリア系白人のトニーが運転手兼用心棒として一緒にまわるという内容。人種差別が根強い南部のツアーをまわるなかで育まれる友情をテーマにした映画。簡潔に言うとそんなストーリーですが、勉強していればもっと深く理解、共感できる部分は多かったはずです。
たとえばトニーのあだ名の「リップ」。シャーリーから「その呼び方は品がない」と言われていたのはなぜか。リップにはスラングで「口先だけ」という意味があるから。
キリスト教青年会でシャーリーが警察に捕まっていたのはなぜか。当時、同性愛の出会いの場として使われていたから。
トニーが、シャーリーに「黒人なのにフライドチキンを食べないのか」と聞いたのはなぜか。黒人奴隷の多くがソウルフードとして安く栄養価が高いフライドチキンを食べていたが、シャーリーは上品で教養があり、アメリカ以外で育っていたため黒人文化になじみがなかったから。
当時アメリカ南部には、黒人の行動を制限するジム・クロウ法と呼ばれる法律があった。黒人は、食事や宿泊、買い物をする場所、座ったり歩いたりする場所まで制限されていて、使用できる水飲み場やトイレも決められていた。さらに、南部のいくつかの町では、黒人が日没後に外出することさえ違法とされていたことなど…。
映画を観ているとわからないことがいくつもあり、このままではいけないと調べ、いくつかの疑問を解決することができました。 しかし歴史や文化、風習をそのときに知っていれば「そうそう」と納得しながらより楽しく映画を観ることができたでしょう。
埼玉で爆発的なヒットを飛ばしていた映画「翔んで埼玉」も埼玉県民でかつ、関東各都県の知識があればとても楽しい映画でしょうが、北海道民が見てもそれほど多くの共感はできないでしょう。
話は戻りますが、 勉強とは何のためにするか。勉強をし、知識をつけることで人生をより深く、楽しくすることができます。それはたとえば映画を観るときにより共感することができるように、ただ物事を見るだけでなくそこからいろいろな発見をし、感動することができるようになります。道で花を見たときにただ花を見たというだけではなく、季節ごとの違いや名前などがわかっていたら目の前の風景はより鮮明になるでしょう。 その世界観を共有できるようにするために、子どもたちにこれからも勉強の大切さを伝えていきたいと思います。
花まる学習会 水口玲(2021年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。