【花まるコラム】『液体のり事件から3年後』富永真子

【花まるコラム】『液体のり事件から3年後』富永真子

 先日、暖かく気持ちのいい天気だったので体を動かしたくなり、近所の神社へ散歩に出かけることにしました。新緑や色とりどりの花が目に飛び込んできて春を感じたのですが、「何か変だ」と心のなかにモヤモヤが…。「この違和感はなんだろう」と思いながら散歩を続け、『トトロの森』のような木のトンネルがある道に入った瞬間、モヤモヤの正体に気づきました。『匂い』です。春になったら春の匂いがするはず。緑の青々しい匂い、花の匂い、日向の匂い、日陰の匂い…。マスクを着けているので匂いをあまり感じず、視覚だけが春を受け取っていることに体が違和感を覚えたのでしょう。まわりに人がいなかったので、少しマスクを外して大きく深呼吸。やっと目と鼻から受け取る情報が一致して、心から春を楽しむことができました。人は五感をフルに使って生きているのだと改めて感じる出来事でした。オンライン教室は画面越しの授業ですが、子どもたちの心や感性にも触れていくような授業ができるよう尽力していきます。

 さて、春は進級、進学の季節です。6年生のときに担当していたTくんもこの春、高校1年生になり、制服姿を見せに来てくれました。Tくんは地元で一番の進学校に入学したのですが、同じ中学から進学したのが数名だけだそうで「友達が少なくて心配」と話していました。同じ高校に進学したメンバーを聞いてみると驚きました。なんと私も知っている、HくんとMくんでした。二人はどちらも「なぞぺー」が好きで、難しい問題にもゲーム感覚で取り組むような子たちでした。問題作りも好きで、授業で解いた問題の類題を作ってよく見せてくれたのを覚えています。友達同士で出題して「これ、解けた?」「もう少しで解けそう!」と話していたこともありました。

 これだけ書くと「考えるのが好きな、優秀な子なんだ」と思われるかもしれませんが、違う面もありました。授業中、別のことに興味が移り、私が声をかけることも多々ありました。Hくんのお母さんから聞いたエピソードのなかでも特に印象的だったのは、『液体のり事件』です。ある日、Hくんは学校の授業中に液体のりの入れ物をずっと眺めていました。先生が、なぜ液体のりを見ているのか聞くと「(のりの)なかの泡がゆっくり動くのがおもしろいんです」と答えたそうです。「普通の水のなかの泡とは、動き方が違うぞ」と気がつく視点、どんなふうに泡が動くのかじーっと見つめる集中力と観察力。これからの成長を楽しみに思いましたが、授業中にじっくり観察するのは困りものです。何度か注意されても液体のりが気になってしまい、そのときは没収されてしまったそうです。ほかにも思わず突っ込みたくなるようなかわいらしく、おもしろいエピソードがたくさんあります。そんな彼らが進学校に合格しました。地頭のよさを感じるけれど、幼さ全開だった二人。きっと中学に入学してからさまざまな経験を積み、厳しい受験勉強を乗り越えるような、たくましい心をもった青年に成長したのでしょう。

 そんな彼らがのびのびと成長できたのは、保護者の方が「○年生なんだからしっかりしなさい!」と大人の価値観を押し付けなかったからだと思います。『液体のり事件』を「うちの子、本当に変なことに興味持って~」と笑いながら話すHくんのお母さん。6年生になってもブランコで遊ぶのが好きなMくんのことを「同じ遊びがずっと好きなんですよ~」と見守るMくんのお母さん。年長になったから、1年生になったから、少しお兄さんお姉さんになったから頑張ってみよう、という励まし方は花まる学習会でも時々おこないます。特に本人が「1年生になったんだ!」と意気込んでいるときは効果的。「さすが○年生!」「○年生になった太郎なら、こんなこともできそうだね!」と言われると、少し背伸びをしたくなるのが幼児期です。けれど、「○年生になったのだから、しっかりして」「このくらいできるでしょ」と押し付けるのは、ほかの子と比較しているのと同じだと思います。私も「○年生だから」と大人が期待する姿ではなく、その子自身の成長に寄り添って励まし、見守っていければと思います。

花まる学習会 富永真子(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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