【花まるコラム】『大きな挑戦』持山泰三

【花まるコラム】『大きな挑戦』持山泰三

「明日はもう受けたくない、と言っています」
お母さんが涙ながらに彼女の気持ちを伝えてくれました。

 初めて彼女に教えたのは6年の夏前。自学室で質問を受けたのが最初でした。別クラスの担当だった私は、彼女を教える機会がありませんでした。

 非常に落ち着いた雰囲気で、大人っぽく見える彼女。真面目でそつなくいろいろなことをこなしそう。それが第一印象でした。

 しかし、器用そうに見えただけでした。むしろ理解に時間がかかるタイプで、説明されてからしばらく沈黙の後、「ここのところをもう一回説明してもらえますか」というのがお決まりのセリフ。わかるまで何度も質問をしてくる子でした。ひらめきやセンスはあまり感じられないが、どんな困難にも逃げることなく、超えていこうとするような、そんな子でした。

 そんな彼女が、受験から逃げ出そうとしていました。2月1日、午前・午後と連続で不合格。午前の第一志望入試では緊張もあったのでしょう、普段なら解けるはずの問題も解けていませんでした。できなかったことは彼女が一番わかっていました。ダメだったという気持ちを引きずったまま受けた午後の入試。平常心で受ければ絶対に合格できた学校での不合格。それが彼女をさらに追い詰めていきました。

「何事にも動じないと思っていた娘が、こんなにも泣き崩れ打ちひしがれるなんて」
初めて見る彼女の姿にお母さんも動揺。電話に出ることができず、しばらくして、落ち着いてから電話をくださいました。「もう…このまま受験するのをやめさせて…あげた方がいいんでしょうか」振り絞るように話してくれたお母さんを奮い立たせるため「彼女なら絶対に受かりますから明日も受けましょう」と背中を押しました。その日、彼女に直接声をかけることはできませんでした。

 2日の朝、試験会場に来た彼女。吹っ切れたのか、普段と変わらない様子で入試に向かっていきました。もしかしたら、気丈に振る舞っていただけかもしれません。入試が始まってしばらく経った頃、「午後の受験はやはり回避しようと思います。もし昨日と同じように午前・午後と連敗してしまったらと考えると、少しでもダメージを減らして、明日の第一志望の2回目の入試に向かわせてあげたいんです」気持ちは痛いほどわかりましたが、彼女を信じればこそ午後も受けた方がよいと考えていたので、そこでは結論を出さず彼女と話して決めることにしました。

 入試後の電話では「手ごたえがあった、午後も受けに行く」と自分から話してくれました。そしてこの日、彼女は見事に連勝。その時考えられる最上の状態で3日目の入試へ臨むことになりました。

 中学受験に本気になれたのは6年の6月。初めて入りたいと思える学校に出合ったことがきっかけでした。しかし、その時点で偏差値では15以上足りていませんでした。普通なら諦めるところですが、そこから必死に頑張り11月には合格率80%まであと3までになりました。毎日最後まで自学室で質問をし、高く険しい壁をいくつも乗り越えていきました。そして迎えた最後の入試。しかし、結果は残念ながら不合格でした。

 入試が終わった翌日、彼女はこれまでのことをいろいろと話してくれました。4年生の頃は勉強が好きではなかったこと。5年生でも受験をすることに前向きになれず、ただ宿題だけを淡々としていたこと。たくさん質問をするなかで、算数をおもしろいと感じられるようになったこと。途切れることなくことばが溢れ出ていました。

「いままで自分の実力以上の目標をつくったことが一度もなくて、失敗しないようにしてきたから、悔しい思いをしたことがありませんでした。だから、今回の結果を受け入れるのはつらかったけれど、自分の実力より上を目指す経験ができてよかったと思います。支えてくれた先生には、本当に感謝しています。ありがとうございました」
力強い笑顔で、そう話してくれました。

 それから1か月後、対面で初めて会った彼女はイメージより一回りも小さい女の子でした。小さな体の中につまった大きなエネルギーを、中学校で大いに発揮してほしいと思います。

西郡学習道場  持山泰三(2021年)


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