【花まるコラム】『ま、いっか』島村有香

【花まるコラム】『ま、いっか』島村有香

 お手洗いに入るとき、専用のスリッパに履き替えるご家庭もありますよね。花まるの教室でも、土足ではなく、スリッパに履き替えてお手洗いに入る教室があります。その教室で、このような出来事がありました。

 お手洗いから勢いよく出てきた年長のAくん。もちろん、すごい勢いで出てきたのですから、スリッパはとっちらかった状態です。「A、スリッパがぐちゃぐちゃだよ」と伝えると、「うん!」と元気よく一言。「いやいや、“うん”の返事はハキハキしていていいんだけどさ、スリッパを自分でそろえてごらん。次の人が気持ちよく使えるようにしようよ」と私が言うと、「せんせー、直しておいてー!」と言い放ち、席に座ろうとします。そこで私がAくんの手を掴み、「ストップ。自分で使ったものは自分で片付ける。先生はやらないよ」と目を見てきっぱり伝えました。「もぉ~~!!」と言って、Aくんはマスク越しにもわかるほど、「ぶ~」っと頬を膨らませて見せました。ですが、ドスドスとお手洗いまで歩いていき、きちんとスリッパの向きをそろえて、「やったよ!」と言いました。億劫そうな態度を前面に出しながらも、それでもちゃんと自分で行動に移せるこのスピード感は、まさに幼児期のいまだからなのだろうと思います。それ以降は、自然と自分でスリッパをそろえてから出てくるようになりました。

 話は変わりますが、こんなこともありました。椅子の背もたれにリュックを掛けている、年長のBくん。Bくんのリュックは小さいので、背もたれに掛けると肩紐がいまにもはち切れそうな状態でピンと伸びてしまいます。もちろんそのような状態なわけですから、時間とともにじりじりと肩紐が背もたれからずり落ちていき…ついには、ドサッ!とリュックが床に落ちます。「あっ!」と言ってすぐにまた掛け直すBくん。「拾って!」と言わず、自分でかけ直すところが偉いなと思って見ていました。
 それからまた数分後、ドサッと落ちました。また椅子からおりて掛け直したBくん。座ろうと、自分のほうへ椅子を引いたとき、またドサッ!と大きな音を立ててリュックが床に落ちました。「もうっ!」とプリプリしながらまた椅子にリュックを掛けようとします。そこで、「床に置いておけば?」と声をかけると、「やだっ!」食い気味にBくんからの返事が来ました。掛けても掛けても安定せず、「うぅ~」っと、うなりながら必死にリュックを掛け続けます。
 2か月ほどたった頃でしょうか。その日も、Bくんのリュックが床に落ちました。その日の1回目です。そして、少し経ち、リュックが落ちました。2回目です。椅子からおりるかな~っと見ていると、Bくんがケロッとした顔をして言いました。「ま、いっか。また落ちるし。こうして…っと」。Bくんは、リュックを拾おうとするのではなく、自分の椅子にリュックを近づけ、床に置いたままにしたのです。そして何事もなかったようにテキストに取り組み始めました。

 花まるの授業のなかで、テキストや教具に取り組んでいるときのみが子どもたちの成長の時間ではありません。むしろ、それ以外のこうした時間のなかでこそ、子どもたちの心の成長や、経験を積む機会があるのだと思っています。すべてに手を差し伸べるのではなく、まずは思う存分やってみる。行動したからこそ自分でも気づき、納得できる。こうした小さな日常の出来事をお子さまがきちんと経験できるように、ときには諭しつつも、まずはじっくり見守っていきたいと思います。

花まる学習会 島村有香(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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