【花まるコラム】『手を出しすぎない』田中涼子

【花まるコラム】『手を出しすぎない』田中涼子

 ゴロゴロガシャーン!
 筆箱を落とした音が、静かな教室に響き渡りました。しかし、年長クラスのみんなは思考実験に集中していて、筆箱を落としたことに気がついたのは落としたAくんだけ。そのとき、私はほかの子に個別指導をしていたため、すぐに歩み寄ることはできませんでした。どうするかなぁと様子を見ていると、まわりをキョロキョロしながらじっと座っています。1~2分経過したでしょうか。 Aくんの様子は変わることなく、むしろ「ねぇ、ぼくの筆箱が落ちましたけどー」と言わんばかりの表情。その表情で察しました。拾ってもらうことを待っているのだと。
「自分で拾っていいですよ」
そう声をかけると、椅子から降りて拾い始めました。

 小学3年生のBくん。お母さまからこんなご相談をいただきました。

割り算の筆算で苦戦しています。たとえば30÷7を解く際、私が“7×4は?”などと言わないとなかなか商を立てられず、時間がかかってしまいます。うちの子は、割り算を理解できていないようです。

割り算において、商の見立てに時間がかかることは、よくある話。ランダムに九九の問題を出されたらパッと答えられるレベルまで身についているかどうか、それ以前に「28は、およそ30」といった数の感覚が小さいうちから育っているかどうかなど、これまでの経験や演習量も関係してくるため、安易に、割り算を理解していないとは言えません。ただただ、答えを導くための過程に時間がかかっているだけ、という場合も多いのです。

 この2つの話はなんだか似ているなぁと思いました。みなさんは、学年も内容も異なるこの2つの事例のどこが似ていると思いますか?私がそう思ったのは、どちらの子も、おうちの方に愛されており、尽くされているところです。
 Aくんの事例は、きっと、モノを落とせばすぐ家族の誰かが拾ってくれるのでしょうね。これは想像でしかないですが、「おかわり!」と言えば、ごはんのおかわりをよそってもらえるのかしれないですし、はじめての場所で子どもが名前を尋ねられたときにモジモジしていたら、隣にいるおうちの方が、「〇〇です」と変わりに名乗ってくれるのかもしれません。余談ですが、「おかわり!」とだけ言ってくる場合、花まるでは「おかわりがどうしたの?」と聞き返します。「ごはんをおかわりしたいです」と、日常会話からも国語力を伸ばしていけるように、言葉の使い方を大切にしています。
 Bくん事例では、30の中に7がいくつ入るのかをイメージしやすくするために、“7×4は?”と聞いてあげたのでしょうね。考える過程をイメージできるようにするための導きを、おうちの方がしてくださったのだと思います。わが子が困らないように、十分に理解できるようにという親心も、とても嬉しいものですね。

 ただ、先回りしてやってあげたり、教えてあげたりすることが、本当にその子のためになっているのかというと、そうでないこともあります。モノを落としてばかりの子は、拾う経験から、机上整理を考える機会を得ます。商がすぐに立てられない子は、頭のなかで必死に九九を唱えながら考えるようになります。そのようなささやかでも大切な機会を、大人のよかれと思った行為でうばっていないかどうか、すごく考えました。時間と気持ちに余裕をもてるときには、広い心で見守りたいものですね。いずれ大きな経験となって、自分で考え行動できる人に成長していくことを、私は信じています。

花まる学習会  田中涼子(2022年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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