【花まるコラム】『「本当無理!」の先にあるもの』新井征太郎

【花まるコラム】『「本当無理!」の先にあるもの』新井征太郎

 今年度のサマースクールにご参加いただいたみなさま、誠にありがとうございました。感染症対策をとりながらの開催でしたが、おかげさまで、子どもたちに充実した体験の場をつくることができました。時に驚き、時に怖がり、時に喜ぶ子どもたちの姿を見て、一つひとつの経験が、彼らの今後の人生を変えていくきっかけになるだろう、と考えることが多々ありました。

 泳いでいるニジマスを素手で捕まえることにチャレンジする「魚つかみ」。どんどん捕まえにいく子もいれば、怖がる子、水に手を入れることすらいやがる子もいます。なかなか自分からチャレンジできない子には、リーダーがサポートします。捕まえた魚を差し出し「ほら、触ってごらん」と言うと、緊張しながらもつかんでみようとする子、指先で触ってみようとする子が現れます。ただ、それでもいやがる子もいます。魚を目の前に差し出された瞬間、「ギャー!」と叫びながら逃げる子、「無理無理! いやだ!」と言って意地でも手を出さない子、なかには「本当にやめて!」とリーダーに怒り出す子もいます。肌感覚ですが、10年前に比べて、このように「心底いやがり、恐怖に震える子」が増えました。また、以前はこのような子は年長~2年生くらいが多く、それ以上の年齢になると少し怖がってもそこまで拒否しない印象がありましたが、最近は高学年でもこのような子がめずらしくありません。魚を触るどころか、生きている姿を見ることすら減っているということでしょう。そのような子たちにも、我々リーダーはめげずに笑顔で言葉をかけます。「怖くないよ!」「リーダーがつかんでいるから大丈夫!」「リーダーと一緒につかんでみよう!」とあらゆる言葉をかけながら励まし、子どもたちの一歩をあと押しします。毎年、魚をつかんだ笑顔の写真(なかには、こわばっている笑顔の子も)の裏には、そんなドラマが隠されています。
 虫についても、同様です。ある3年生以上の男子班は、部屋に小さな虫が1匹入ってきたら、ギャーギャー大騒ぎ。「本当無理! もう帰りたい!」と泣き出さんばかりの子に聞くと、自宅は都内の高層マンションで、普段は部屋に虫などいない、虫を触ったこともほとんどないそうです。「そうかそうか、その環境だと虫はいないよね。ここは山だから、たくさんいるよ。ここではそれが当たり前なんだ」と、私は彼らに伝えました。野外体験中、時には子どもの気持ちに徹底的に寄り添うことも必要ですが、このような場面ではその必要がありません。ここでは、虫とともに生活するものだと割り切ってもらうことが、彼らがここで生活している時間をより有意義に充実させることにつながるからです。初日は騒いでいた子どもたちも、次第に慣れて、虫が出てきても驚かなくなり、虫を少し怖がった子に「そんなに怖がるなよ。ここには虫がいるんだから」と、悟ったような顔で話す子も出てきます。

 魚を素手でつかめなくても、虫が大嫌いでも、都市部なら何不自由なく生きていけます。ただ、自分が日頃生活している世界を飛び出し、普段は目にしない生き物を目の当たりにし、川や山をはじめとする自然に触れる。世の中には、自分の知らない世界がこんなにもあるのだということを体感する。動画で見るのではなく、生身の体で感じることで、その子の経験値が上がり、それが心の豊かさ、考えの深さが増すことにつながる。それが、将来どんな世界にも適応し、幸せに生きていく力になる。そう信じて、私たちは野外体験をつくりあげています。
 サマースクールパンフレットに記載されている川遊び、基地づくり、百人おにごっこ、町探検、沢のぼり…どれも大変魅力的です。しかし、実はそれ以外の生活の一場面やちょっとした遊びにも、子どもたちの経験、力になることがあふれています。魚や虫を怖がり、ギャーギャー騒ぐ子どもたちを見て、「この子たちは、本当にいい経験をしているなあ」と改めて考えたサマースクールの日々でした。

花まる学習会 新井征太郎(2023年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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