…雨…
「ピピピピピ~!そこまで~!」 ほかの子が手をとめて話を聞こうとするなか、1年生のTくんだけは手を動かしてキューブキューブ(空間認識力を鍛える立体教具)の片づけを続けていました。「そこまででいいよ、Tくん。よく頑張ったね」Tくんの手から片付け途中のキューブキューブを離すと、Tくんは下唇を噛みしめながら「あと少しでできるから…」とぽつり。目にはいまにもこぼれてきそうな雫が光っていました。そのときは次の準備を始めましたが、音読の時間は声を出しつつ、目線はキューブキューブに。隙間時間を見つけてはキューブキューブに手を伸ばし、箱にしまおうとしていました。相当悔しかったのでしょう。授業はどんどん進んでいくので、キューブキューブばかりをやるわけにはいきません。それでもTくんの頭のなかには制限時間内に片づけられなかったキューブキューブがずっと残っていたのです。Tくんは最後、なぞペー(思考力教材)を早く解き終え、余った時間で片付けをやりきることができました。Tくんのような悔しさからくる涙の美しさ。Tくんにとっては、心の天気は“いやな雨”だったかもしれませんが、見ていた私はTくんの成長につながる“恵みの雨”だと感じました。Tくんはこの日、投げやりになったりせず、諦めたりせず、できなかったことに最後まで真剣に向き合い続けていました。
…曇りのち晴れ…
この日の年長クラスでおこなった思考実験は、一枚の紙を折って正四面体を作るというもの。一枚の紙から立体ができる驚きやワクワクを感じてもらえたら、と思い授業を行いました。「おお~!作りた~い!」と気持ちが昂る子どもたち。しかし、実際に作り始めると紙をうまく折れず、心が折れてしまうところがこの思考実験の山場です。この日もなるべく子どもたちの心が折れないように、いやに感じないようにサポートしましたが、Dくんはなかなかうまく折れず苦戦していました。私のところに「先生~、うまくできない」と紙を持ってきました。「頑張って挑戦したんだね。一緒に作ろう!」と受け取ると、何度も折った跡があり、折りすぎてしわくちゃになっていました。その紙はDくんが諦めずに挑戦し一生懸命向き合った心そのもののように感じました。自分で何度も折って、折って、折って。うまくできないと感じても、何度も自分で作ろうと頑張ったのだな~と思いました。できないことに不安や苦手意識を感じず、どんな状況でも楽しめるたくましさがDくんの素敵なところ。紙がしわくちゃになるまでできなくても、彼の心の太陽はかくれることがないようでした。
ちなみに、Dくんがうまく折れなかった原因は、ガイド線に沿って折れていないことにありました。「Dくん、ここからちょっとずれていたからうまく折れなかったんだね。ここで折ってごらん!」「ここか、こうか!」Dくんは折ることに一生懸命になりすぎて、線に沿っていないことに気づかず何度も同じところを折ろうとしていたのだと思います。このあとは自分で正四面体を作ることができ、「鞄に入れないで手で持って帰る!」と大事にしていました。
子どもたちの心のなかはまるで天気のよう。晴れたり、曇ったり、雨が降ったり。子どもたちの笑顔にはもちろんですが、涙を流す表情やうまくいかないときの表情にも、私は心を揺さぶられます。どんなことにも“結果”はありますが、その裏側にあるのは人の思い。そして子どもたちは素直なぶん、それがわかりやすく表情に出てきます。子どもたちの心の天気は、晴れているときもあれば雨のときもある。たとえ雨が降っていても、その雨さえも恵みの雨に感じることがあります。Tくんの瞳に溜まった涙、Dくんのしわくちゃになった紙、どちらも一生懸命向き合い続けた証です。「できた・できない」の“結果”ではなく、いずれは子どもたち自身にも、自分の一生懸命挑戦したその轍に「自分はこれだけ頑張ったんだ!」と気づいてもらえたらいいなと願っております。これからも子どもたちの美しい心の天気を見守ってまいります。
花まる学習会 川村優駿(2022年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。