【花まるコラム】『ジグザグ理論』高橋大輔

【花まるコラム】『ジグザグ理論』高橋大輔

 家と教室では違う顔を見せる年長のAちゃん。「教室では」非常に大人しい女の子です。入会から約一年が経ったいま、ちょっとだけ掘り下げて話をさせてください。

 年長コースでは、毎回の授業で「ひみつのしれい」という課題に取り組みます。文字への興味喚起と心身の健全な開放に主眼をおいたもので、「かえるのまねをしてみよう」「かっこよくこうしんをしよう」など、テキストに書いてある「しれい」に臨みます。子どもたちは声を出し、体を動かして取り組むのですが、Aちゃんは声を出すことはなく、動くこともしません。こちらの対応としては「待ち」の一手です。無理に促すことはせず、本人の「心の歩幅」に合わせて並走していくのみ。これは担当講師とも共有していました。楽しみ方や取り組み方は十人十色。これまでもろいろな子と出会ってきました。みんなちがって、みんないい。これも個性です。

 家でのAちゃんの様子を紹介します。花まるのテキストを開いて授業のことをおもしろおかしく話したり、『まいにち花まる』で紹介された実験に取り組んだり、お兄ちゃんを巻き込んで花まるごっこをしているという話も聞いています。家では笑いを生み出す三枚目。お母さんがその様子を収めた写真を連絡帳に貼ってくださるので、私も近くで見守っているような気持ちになっています。教室のAちゃん、家でのAちゃん、どちらの顔も知ることができる何ともスペシャルな立ち位置です。

 月日は流れ、教室である変化が訪れました。そっと手を挙げる機会があったのです。小さい声で自分の意見を口にする姿を見て、昨年度から担当している講師が思わず涙ぐむ。そんな一場面を目にしました。ひとつのきっかけは「役割」です。昨年度から、教室内ではいろいろな役割を託してきました。その役割を全うするなかで、まわりの子から頼られることが増え、Aちゃんの名前が至るところで呼ばれるようになりました。それに応えるAちゃんの言葉も自然と増えてきたのです。

 その勢いのまま一気に変化があった…わけではありません。再び授業中は口を閉ざし、「ひみつのしれい」で立ち上がることもありません。焦らない、焦らない。そう自分に言い聞かせながら、見守ります。さらに一か月ほど経った授業でのこと。ひみつのしれいは「かたあしだちで10びょうかん」というものでした。子どもたちは広いスペースに移動し、「よっしゃ~!」「見ててね!」などと勢いよく取り組み始めます。ふとAちゃんの席に目をやると、その席が空いています。「トイレかな?」と思って再び子どもたちに目を向けると、その子どもたちのなかにAちゃんの姿が…!

 完全に不意打ちでした。子どもたちと過ごしていると、何の心の準備もしていないときに「あの日あのとき」という場面に立ち会うことがあります。ひと月前の挙手の瞬間、そしてこの瞬間もまさにそうでした。

 ずっと右肩上がりで変化する子は、まずいません。線でたとえるなら、ジグザグ。たとえ、後退・低下・停滞に見えるような時期でも、それは次なる飛躍の助走のようなもの。大事な充電期間です。私は、大人の心構えとして「ジグザグ理論」と名付けています。あえて「大人の」と強調したのは、子どもの「心の歩幅」を大切にしたいからです。考えること、計算すること、声を出すこと、手を挙げること、立ち上がること…。すべて一人ひとりのペースがあり、変化のタイミングがあります。

 私自身、時折、大人の尺度で考えてしまったな、と反省することがあります。子どもたちの変化を目の当たりにして、一つできたらもう一つ…と、「もっと」を期待しすぎてしまうことがあるのです。その子にとっては、そんな大それたことではなく、何気なく一歩踏み出した、そんな感覚かもしれないのに。成長とはこちらが定義するものではなく、本来子どものなかにあるもの。だからこそ、ジグザグ理論は「大人の」心構えなのです。明日は前のAちゃんかもしれない、ちょっと変化したAちゃんかもしれない。そのときのAちゃんをそのまま受け入れていくつもりです。焦らず、急かさず、温かく。「あの日あのとき」ふいに訪れるそんな場面を、心のなかにそっと溜めていきます。

花まる学習会  高橋大輔(2022年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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