「長い目で見守っていきましょう」保護者の方と話をする際、よく口にする言葉ですが、言うは易く行うは難し。日々誰よりも近くでわが子を見ているみなさまから「いつまで見守ればいいの…」と聞こえてきそうです。
数理教室アルゴクラブに通う6年生のAくん。アルゴには1年生から通っています。Aくんもあと半年で卒業です。Aくんは昔からやんちゃな男の子でした。あきらめが早く、問題を見て3秒で「こんなのできるわけな~い!」と投げ出すこともしばしば。気に入らないことがあると教室を出たり、目の前のプリントを両手でつかんでぐちゃぐちゃにしたり…。
お母さまとも6年の付き合いです。面談のたびに頭を抱えるお母さま。それでも決まって最後に私から伝えるのは「長い目で見守っていきましょう」という言葉でした。決して無理をして絞り出した言葉ではありません。私には勝算があったのです。この先、必ずAくんを取り巻く状況は好転していくと確信していました。それには理由がいくつかあります。
1つ目は、Aくんは「絶対に人を傷つけない」ということ。自分の思い通りにいかないことがあると、ものにあたってしまうことがありました。ただ、6年間見てきて、1度もイライラの矛先を他者に向けたことがありませんでした。まわりに対してはいつも明るく接し、隙を見つけてはあの手この手で笑わせようとする性格でした。それゆえ、いつもAくんの周りには人が集まっていたように思います。誰かを笑わせたい、人を楽しませたい、そんな優しい心の持ち主です。その優しさを自分に向けられるようになる日が必ず来る、そう信じていました。
2つ目は、Aくんが根っからの負けず嫌いであるということです。そもそも思い通りにいかないときに自分を傷つけようとするということは、「本来こうありたいのに…!」という強い意志があるからこそ。これまで一度もAくんが「アルゴなんてもうやめる!」と言わなかったのは、きっと思考力問題の魅力に気づいていたからでしょう。悔しさの発散方法さえ身につければ必ず自分をコントロールできるようになる、そう信じていました。ただ、それには精神的な成長が不可欠です。「できていること、考えていること」を言葉にしながら、長い目で見守ることで必ず芽が出ると確信していました。
3つ目はお母さまの存在です。「いつも迷惑をかけて申し訳ありません…」お話しするたびにお母さまがおっしゃっていた言葉です。学校でも指摘されることが多く、どうしていいかわからない状態だったそうです。それでも、決まってお母さまは最後にこうおっしゃいました。「徐々に変わっていってくれますよね…。先生がいいところを伝えてくれるたびに、やっぱり大丈夫だと思おうとしています。Aは、本当に算数が好きなんですよ。好きでい続けられるのは『好きなんだね』と言葉にしてくれる人がいるからです」
私の「長い目で見守りましょう」という言葉を飲み込むまでに相当な覚悟が必要だったことでしょう。それでも「はい。見守っていきます」と言い切るお母さまの強さとしなやかさが、Aくんを形作っているのです。
いまのAくんはというと――。
授業内で難問に挑戦したときのこと。「次の問題にいくよ!」と伝えると、外まで聞こえるような声で「待って!あと3分だけ待って!絶対俺解けるから。もうちょっと!」と必死にアピールするAくんの姿が。まわりの子どもたちは「A!うるさ~い!」と言いながらも、優しい視線を注いでいます。結局、時間内に解き終えることはできませんでしたが、パッと気持ちを切り替え、また次の問題に取り組む姿がありました。その後も「絶対できるんだよな~!あとでもう1回やろ。答えは聞かない!」と机に向かってぶつぶつ話すAくん。授業後、すっと先ほどのプリントを広げ、宣言通り3分ほどで解ききりました。
教室では、その子のいいところに目を向け、言葉にして認めています。それは、必ず我々の声掛けがその子にとっての栄養剤になると信じているからです。Aくんに限らず教室に来る子どもたちがいつか大輪の花を咲かせると信じて、今日も授業で向き合ってまいります。
花まる学習会 小林駿平(2022年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。