ある日の年長クラスでのこと 。教室に入ってくるなり、年長男子Aくんが「早く帰りたーい」と言ってきました。まだ授業も始まっていないのに…。席に着くなり「おれはIキューブであそびたいの!」と、なかなか授業の準備が進みません。ここまでの文章だけを読めば、Aくんは「手のかかる子」とでもいうのでしょうか。世の中にはたくさんの子どもたちがいます。積極的な子もいれば、消極的な子もいる。やんちゃな子もいれば、おとなしい子もいる。そうやって子どもたちの特徴をとらえようとしますが、その認識は正しいのでしょうか。
同じ教室の女の子Bちゃんは本当にきちんとしています。姿勢が良く、机の上を整理整頓して、きりりと先生のほうを向いて話を聞いています。まさに「きちんとできる子」とでもいうのでしょうか。しかし、このBちゃん、きちんとし過ぎていてみんなが問題を進めていても「やっていいよ」と言わなければ問題を始めません。声がかかるまでじっと待ち続けていました。「きちんとしすぎている子」というほうが正しいのでしょうか。
授業が進み、文字や思考力の課題に入りました。Bちゃんは年長とは思えない上手な鉛筆の持ち方で、丁寧に取り組んでいます。「Bちゃんは上手に文字が書けるんだね!」と伝えると、マスク越しでもBちゃんがニコリと笑顔になったことがわかりました。Aくんは丁寧とは言えませんが、先ほどの態度とは打って変わって、問題にのめり込んでいます。Aくんは「できた!できた!」と続けざまに正解を出していきました。「一気に解けるとはさすがだね!」と伝えると「そうなんだよね。おれはこういうのすきなんだよね!」と自信満々です。30分前とは別人のようなAくんの発言でした。
ここまで二人の子どもたちを観察すると、Aくんは「授業前は手がかかるところがあるけれど、授業が進んでいくとスイッチが入ったように問題にのめり込み、自信を持って問題が解ける男の子」となるのでしょうか。Bちゃんは「真面目で几帳面なところがあって、少しゆっくりではあるけれど、一生懸命で笑顔のかわいい女の子」ということになるのでしょうか。あれ、Aくん、席を立って走り回っています。ということは、Aくんは「授業の前は手がかかるところもあるけれど、授業が進んでいくとスイッチが入ったように問題にのめり込み、自信を持って問題が解けて、でも問題が解き終わると席から立ち上がって走り回る男の子」ということでしょうか?
「マジカルナンバー」という言葉をご存じでしょうか。人間が一度に記憶できる短期記憶の数のことです。 人が一度に覚えられる物事の数は「7±2」なのだそうです。だからこそ人は「要するに」と物事を単純化してしまうのかもしれません。「要するにAくんは手のかかる子」「要するにBちゃんは真面目な子」だと。しかし、円周率が本当は3.14ではないように、子どもたちもそう単純化することはできません。
一日一日、人は変化を重ねていきます。そのなかで、私たちは相手のすべてを認識することはできない、ということを肝に銘じておかなければなりません。
円周率も人間も単純に割り切れることはありません。ならば、次にどの数字が並ぶのか、どのような成長を見せてくれるのか、その積み重ねが続いていくことを楽しんでいきたいと私は思うのです。そして、私は今日も子どもたちのたくさんの変化を見つけて成長を紡ぎ取り、「~~できたんだね!」とプラスの言葉にして伝えていきます。
花まる学習会 棚橋修一(2021年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。