【おはなしのキッチン❷】『トムは真夜中の庭で』平沼純 2022年6月

【おはなしのキッチン❷】『トムは真夜中の庭で』平沼純 2022年6月

 夜のしずけさが、そのなかになにかはらんでいるように思われるのだ。邸宅ぜんたいが息をころしているように思われ、くらやみがトムにこう問いつめているように思われるのだ。―おいでよ、トム。大時計が十三時をうったよ。きみは、いったいどうするつもりなんだ?
(フィリパ・ピアス作・高杉一郎訳『トムは真夜中の庭で』岩波書店より)

 フィリパ・ピアスによる『トムは真夜中の庭で』は、戦後のイギリス児童文学の中でも最高傑作であると評価されているタイム・ファンタジーです。
 物語は、主人公の少年トムが、はしかにかかった弟から離れるため、おじさんの家に預けられるところから始まります。ある夜、トムは階下の大時計が不思議なことに「13回」鐘を打つのを聞きます。すると、窓の外にヴィクトリア朝時代の庭園が広がり、トムはそこで不思議な少女ハティと出会います。毎晩さまざまなことを語り合う二人でしたが、やがて別れの時が近づいたとき、ハティの意外な正体も明らかになります……。
 「時を永遠ととりかえた」「人間は、それぞれべつべつな『時』をもっている」。私たちが生きる「時間」に関して印象的な言葉にあふれるこの物語をひも解けば、異なる時間を生きる人同士が出会う不思議さや素晴らしさに思いをはせることができるのです。
 児童文学には食べ物がとても魅力的に描かれているものが多くありますが、この物語ではどうしても寝つけないトムが、真夜中にグウェンおばさんの食料品貯蔵庫に入りこむ場面が印象的です。

 男の子というものは、おなかがすいていてもいなくても、食料品貯蔵室へはいっていきたがるものだが、トムはどうしてもそのあたりまえなことをおじさんとおばさんにわからせることができなかった。

 食料品貯蔵室とは、イギリスの家庭では台所の北側につくられることが多い納戸のような部屋のこと。中にはありとあらゆる食べ物が貯蔵されますが、この場面の挿し絵には、冷えたポーク・チョップや山盛りのリンゴ、瓶入りのジャム、米の入った缶などさまざまな食べ物が子細に描かれていて圧巻です。
 よく見ると、奥の棚には何かの果物のコーディアル―季節のハーブや果物などをシロップに漬けこんだ濃縮ドリンク―と思われるものも描かれています。
 一般的にはアルコール飲料を指すコーディアルですが、イギリスでは主に子どもも口にする甘いシロップのような飲み物。水や炭酸で割ったり、紅茶に入れたり、アイスクリームやヨーグルトにかけたりと、アレンジも自由自在。季節によってさまざまな食材を利用してもいいですね。

スクールFC 平沼純

『トムは真夜中の庭で』
フィリパ・ピアス 作/高杉一郎 訳 (岩波書店)


【レシピ】 フルーツとハーブのコーディアル(容量1リットルのガラス瓶 1瓶分)

好みの柑橘(今回は宇和ゴールドを使用) 1個
キウイフルーツ 1~2個
ミント、レモンバームなどの
フレッシュハーブ 2~3枝
氷砂糖 果物の重量と同量
レモン汁 1個分

①果物とハーブはきれいに洗って水気をしっかりふき乾かす。柑橘は皮ごと小さめのくし切りにし、キウイフルーツは皮を剥いて小さめのくし切りにする。2つ合わせて重量を量り、同量の氷砂糖を用意する。
②煮沸消毒またはアルコールで消毒したガラス瓶に、①の果物とハーブ、氷砂糖を交互に重ねて入れていく。最後は氷砂糖で終わらせる。ふたをして直射日光の当たらない涼しい場所で5日~1週間ほど、果物から水分が出て氷砂糖が溶けるのを待つ。
③ ②の中身を小鍋に移し、中火にかける。沸騰したら3分ほど加熱し火を止め、ざるで濾す。レモン汁を加えて清潔な瓶に移し、冷蔵庫で保存する。
④水や炭酸水で割って飲んだり、紅茶に加えたりしてもおいしい。夏はかき氷のシロップとしてもおすすめ。

レシピ・写真提供:料理家 江口 恵子(natural food cooking)


🌸著者|平沼 純

平沼純 教育心理学を研究し、「自分の視点を持って考え、力強く生きていく力の育成」を目指して教育の世界へ。国語を専門とする学習塾で読書・作文指導などに携わったあと、花まるグループに入社。現在、小学生から中学生までの国語授業や公立一貫コース授業のほか、総合的な学習の時間である「合科授業」などを担当。多数の受験生を合格へ導くとともに、豊かな物語世界の楽しさ、奥深さを味わえる授業を展開し続けている。

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