【花まるコラム】『傘』梅崎隆義

【花まるコラム】『傘』梅崎隆義

 授業が終わったあとに教室の掃除をしていると、机のなかから鉛筆が出てきたり、テキストが忘れてあったり、ということが多々あります。先日、机のなかは問題なし!と確認をしてから教室を出るタイミングで、傘立てに黄色い傘が残っていることに気づきました。この日は夕方まで雨だったので、忘れて置いていってしまったようです。かすれたサインペンの字で高学年男子の名前が書いてあるのを何とか解読して、ご家庭に電話をしました。

 この季節に雨がよく降るのは当たり前ですが、今年は特に「バケツをひっくり返したような」という表現がぴったりの雨が多いですね。ちょうどこの原稿を書いている最中も、大きな雨粒が窓を叩く音が響いております。最近では安全管理の視点で、大雨が降ってきたらインターネットの雨雲レーダーサイトでリアルタイムに降雨量を追いかけています。電車は止まっていないか、河川の危険レベルはどうか、そんな情報もチェックします。雨雲マップを眺めていると、いつの間にか離れたエリアを見に行って、ああ誰それの住んでいるあたりに集中的に降っているなあとか、実家の方はどうだろうか?と、仕事から離れていきます。雨を思えば人を想う、というところでしょうか。

 私が小学2年生の頃の、ちょうどこの時期の話です。その日、朝は晴れていたのですが、学校を出る直前に雨が降りはじめ、どうにも止む気配がありません。同級生たちは「今日は外で遊べないね…」なんて言いながら、廊下の傘置き場から自分の傘を持って玄関に向かっていきます。さて、今日は傘を持たずに学校に来たので、置き傘で帰ろうとなるわけですが、自分の置き傘がない…。持ち手の部分にビニールテープを巻いて名前を書いたよくあるパターンの黄色い傘なのですが、端から端まで探しても見つかりません。隣のクラスの傘置き場を探した末に、諦めとともに傘無しで帰る決断をしました。いまでこそスマホやらパソコンやらを持ち歩いていると雨に濡れるのは死活問題ですが、当時はなんというか、うだるような暑さの続く日に、あえて雨のなかを歩くのも気持ちがいいものだ、というような心理も働いていたのだと思います。ランドセルを頭上にかざして雨をしのぐことも無謀とわかり、むしろ堂々とした姿勢で帰り道についたのでした。
 さて、自宅のドアを開けて疲れた声でただいまとつぶやき、このままでは靴を脱いで上がれないなあ、ともたもたしている私がいます。母親が様子を見に来て、驚きの表情。こんなにずぶ濡れになって帰ってきたことへの驚きが先行し、身体は冷えていないかと心配してタオルを持ってきてくれます。それから出てきたのは「置き傘はどうしたの?」という質問。「だって、なかったんだもん…」と、もじもじと答える声に重なって、自分の傘がなかったのなら先生に言えばよかったのに…、風邪ひいちゃうよ…、と半ばあきれたというか理解できないというか、そんな気持ちに満ちた母の声が聞こえました。
 タオルのなかに顔をすっぽりとうずめて、ああ確かにそうだよなあ、と反省モードになりつつも、自分は何も悪いことはしていないのに、などいろいろな考えが混ざり合ってきます。頭のなかのもやもやを振り払う意味も込めて、タオルで髪をぐしゃぐしゃに拭いて顔を上げたとき、
「でも、ひとの傘を勝手に持っていかなかったのは、えらかった!」そんな言葉をかけられたのを鮮明に覚えています。

 傘を忘れた彼の家庭に電話がつながり、本人にそのことを話すと「おっと、忘れていったことすら忘れてました!来週の授業で持って帰ります。あ、でも、それまでに誰かが必要なときがあったら貸してあげてください!」と爽やかな返事がありました。

 結局私の置き傘は返ってこないままで、もやもやした思い出として長く引きずっていましたが、自分の傘に対してこんな気持ちを添えられる彼の言葉を聞いて、どんよりした雲から太陽が見えたときのような、そんなスカッとした気分になれました。あの日誰かが雨に濡れずにすんだのなら、それはそれでよかったのかな、といまはそう思うようにしています。

花まる学習会 梅崎隆義(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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