【花まる教室長コラム】『三十六計逃げるに如かず』白坂海路

【花まる教室長コラム】『三十六計逃げるに如かず』白坂海路

 「いじめは乗り越えるものだ」
世間の成功者で「いじめ」を経験した人は、過去のその経験に対して、「克服」や「乗り越える」という言葉をよく使います。このような言説から「いじめに立ち向かうことがよい」という価値観が刷り込まれていた私は、いじめの経験談を聞くたびに「ああ眩しい言葉だな」と思っていました。私にとって「いじめ」のできごとは「逃げた」ことだったからです。 

 小学4年生は、私にとって暗黒の時代で、唯一思い出すことが少ない時期です。きっかけは、学校でよく遊んでいたグループのリーダー格が転校したことでした。そのグループ内でじゃれ合い程度の「いじり」はあったのですが、次第にエスカレートし始め、標的にあった私は次第に無視されるようになりました。それはグループ内に限らず、クラス中に広がっていきました。クラス中から存在を無視され続ける。ただただ、その時間が過ぎ去ることを祈っている日々でした。

 当時は親から次第に距離を取り始める時期です。子ども心ながら「親に頼るのは恥ずかしい」という思いがあり、加えて3人兄妹の長子だった私は「自分がしっかりしなきゃ」と思っていたため、自分から「助けて」と言えませんでした。父は仕事で忙しく、母は次妹の通う幼稚園の役員を務めながら、通院の必要な病を抱えた長妹のサポートと学校までの送迎を行っていました。翌年、長妹の病は完治したものの、当時は両親が「何か変」と気づける余裕はなかったのです。「誰かの責任」ではなく、先生、両親も異変に気づきづらい状況になっていたのでした。

 私から助けを求めづらかったのは、私のなかで「もしかしたらいじめてくる子に、嫌な思いをさせていたのかもしれない」と感じていたからです。たとえそうだったとしても「助けを求めることはあっていいこと」なのですが、そのときの私は、多少の自覚もあったため、いじめを「罰」として捉えており、「いじめられても当然かもしれない」と考えていました。

 事態が変わったのは、4年生の終わりの頃。5年生のクラス替えを前にした、先生からのアンケートに「いじめられている」と書いたことがきっかけでした。先生から呼び出され、「先生といじめっ子2人と話すこともできるよ」と伝えられたものの、「かかわりたくない」「もうクラス替えだからいい」と、ある種「逃げ」の選択をしました。1学年に7クラスもあり、5年生から人間関係をリセットしやすかったからです。

 そして5年生になると「いじめ」はなくなり、平穏かつ楽しい日々が始まりました。それでも、廊下で元いじめっ子とすれ違うと身体の芯がひやっとしましたし、名前を聞くだけで心の中がざわざわしました。そして「逃げたからこの気持ちがずっとつきまとうんだ」と思うようになりました。

 そんな心の闇をずっと抱えていましたが、家族に自分の「いじめ」の経験を話していて、「『克服』や『立ち向かう』という言葉は、逃げた僕にとってとても眩しいんだ」と言ったときのことです。妹は「逃げてなにが悪いの。逃げることだってとても勇気のいることだよ。お兄ちゃんは逃げることで自分を守ったんだよ」と返したのです。その言葉を聞いて、溢れる涙を止めることはできませんでした。「逃げる」というのは物事から目を背けることなのではなく、「いじめ」に対する向き合い方の一つで、決して後ろめたく思う必要のないことです。

 私にとっていじめは「克服」したものではありませんし、書きながら涙が溢れてくるほど深い傷です。ただその傷を抱きしめて、これからの人生を歩んでいくことができます。そして「逃げ」の選択をしたことをまったく恥じていませんし、それでよかったと思っています。

 「逃げる」という言葉にはどうしても悪いイメージがつきます。もちろん逃げない方がよい状況もありますし、「立ち向かう」ことで事態が好転することだってあります。ただ、どうしようもなくなって本当に心が折れそうなとき、「逃げる」ことが選択肢にあることを思い出してほしいと願っています。生きていることで持ち直すことができますし、なんといっても「逃げるが勝ち」なのですから。

花まる学習会 白坂海路(2021年)


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それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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