自分が体験したことのない状況に出合ったとき、どう動くか。大人でも失敗を恐れ、怖いと感じるかもしれません。しかし、子どもたちが成長するきっかけは意外と困ったときや、失敗したときにこそ隠されているものです。
5年生Sくんは、感情のコントロールが苦手で、難しい問題にぶつかると「やりたくない!」「わからない!」と投げてしまうこともありました。そのたびに「一緒にやってみよう」「実はこんなにおもしろいんだよ」と声をかけながら根気よく一緒に向き合ってきました。学年があがるにつれて少しずつ自分で考える時間が増えてきたSくん。そんな矢先、ある大冒険をきかっけに、さらに成長することになりました。
授業前、公衆電話から電話がかかってきました。不思議に思いながらも電話に出てみると、「あやか先生、Suicaがなくてね。駅に来たんだけど…」とぷつっと切れてしまいました。少し困った様子の声。 Sくんからでした。すぐにもう一度かかってきて、「すぐ切れちゃうんだ。電車に乗ろうと思ったらSuicaがなくて、切符を買わなきゃだけど、ママは弟のお迎えでいないし。でも、不安だからママに電話してほしい!」そこで、またぷつっと切れてしまいました。お母様に電話をかけたのですが、つながらず。公衆電話なのでこちらから電話をかけることができず、もう一度かかってくることを祈っていると10分ほどして、電話がありました。待ちくたびれたかのように「ママと電話つながった~?」と。その声にさっきまでの不安な様子はなく、いつもの声のSくんでした。おそらく少し時間も経ち、知っている人(私)と電話でつながることができて、安心したのでしょう。まだお母さんとは連絡がとれていないことを伝えると、「Suicaがないから、でもお金はあるから…切符を買って教室にいくよ!」自分からそう言ってきたSくん。いつも一人で来ていたので、電車に乗ることも行くまでの道もばっちりなのですが、いつもと違う状況に不安になってしまったようでした。でも、自分から行く!と決心できた Sくん。まずはその勇気に、えらいと感じたのです。
しばらくすると、教室の扉が開きました。少し恥ずかしそうに「ついた~」とほっとした表情で入って来たSくん。「通勤が大変だったよ~」の一言が微笑ましく、思わず笑ってしまいました。Sくんとは「今日は大冒険だったね!」と話をしました。
日々のちょっとした変化でも、子どもたちにとっては大冒険です。大人にとってはなんてことのないことでも、立ちはだかる 大きな壁をどう乗り越えようか考えています。そのとき、乗り越えることができなくても、出合ったことで自分が挑戦しなくてはいけない壁を知り、挑戦できるように力を蓄えてから挑むのです。
ところで、私が気になっていたのは、なぜ私に電話をかけることができたかです。Sくんは、ニヤニヤしながら自信たっぷりにかばんから一枚の紙を取り出しました。前の週に配付した教室たよりです。お母さんの番号もわからない、何かないかとかばんを探してみると、おたよりを見つけたとのこと。おたよりをおうちで渡していなかったのは良くないですが、今回に関しては「でかした!」となりました。「このおたよりはSのお守りとして、ずっと入れておこう!」となったのです。話を聞いてみると、教室に来るまで、一生懸命自分で考えてきたことがわかりました。お金もお札しかなく、飲み物を買ってくずしたのだそうです。すぐに切れてしまう電話、切符も自分で買わなくてはいけない。いまは電子マネーで電車に乗ることができ、携帯電話もあるため、公衆電話を実際に使うことも、切符を買う機会もほとんどなかったでしょう。困った状況になったとき、Sくんは自分で考えて行動することができました。
こうやっていろいろな経験をし、失敗し、学び、成長していくのだと改めて感じました。 きっとこれから先、「困った」と思うことはたくさん出てきます。それは勉強だけではなく、「生きていく、生活していく」そういったことも含めてです。そのときにどう動くことができるか。失敗を恐れずに、たくさんの経験を通して学んでいってほしいと思います。
花まる学習会 小林彩加(2021年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員のみなさまにお渡ししています。