【花まるコラム】『送り出す勇気』紙田笑夢

【花まるコラム】『送り出す勇気』紙田笑夢

 今回は、私の母の話をしたいと思います。

 私は、小学生の頃から発展途上の国を支援する国際協力に興味がありました。両親ともに旅行が好きで、旅行先の海外の写真を見せてくれることもあり、どんどんのめり込んでいきました。国際協力のワークショップに参加したり、ミャンマーに絵本を翻訳して送る活動をしたり…青年海外協力隊について調べていくうちに、自分の目で途上国の生活を見てみたいという思いが強くなりました。 

 高校2年生の夏休み前のある日、私は「カンボジアに行ってくる!」と自信満々に宣言しました。一人で旅行したことは一度もなく、途上国に行きたいという思いだけで突っ走っての言葉です。それに対し、母は「そっか、いってらっしゃい!」と動揺する様子もなく一言。まるで、私が友達の家に遊びに行ってくるとでも言ったかのような気軽さでした。あまりのさらっとした返事に拍子抜けです。「え?いいの?」と私が少し不安になったぐらいです。それから、航空券を予約し、スーツケースを母から借り、ビザを取得し、ガイドブックを買いました。何週間もかけ、カンボジア行きの準備を母とします。「向こうの日差しは、日本より強いみたいよ」「お土産はかわいいスカートがほしい。…でも、ドライフルーツも食べたいなぁ」と母。呑気に持ち物をそろえていきました。
 出発の日、成田のチェックインカウンターまで母が見送りに来てくれました。待ちに待った出発日。どんな世界が見られるのか楽しみな気持ち半分、右も左もわからず不安な気持ち半分。出発間際、私は強がって「楽しすぎて、連絡しなかったらごめんね!」と言うと、母は「便りがないのは良い便り」と笑顔で見送ってくれました。

 念願のカンボジアは、魅力であふれていました。車のクラクションが鳴り響く道路、くねくねとした文字や市場に並ぶ色鮮やかな果物など、初めて見るものばかりでした。日本のように道路が舗装されているわけでも、電気や水が安定しているわけでもありません。未発達ながらも、これからどんどん成長していくぞ!というギラギラとしたエネルギーの渦のようなものを感じ、心を奪われました。毎日、朝から日が暮れるまで町をうろつきました。あっという間の1週間でした。
 帰国の数日前、思いついたかのように母に電話をかけました。電話がつながった瞬間、自分が見たもの・感じたことすべて話したいという気持ちが途端にぶわーっと沸き上がります。母は「そんなことがあったんだね」「それはいい経験したね」とひたすら話を聞いてくれました。 
 その後、無事帰国し、国際協力に対する熱はさらに高まり、カンボジアをはじめとする途上国や開発に関する知識を増やそうと本を読み漁るようになりました。

 大学生になり、母と高校時代のカンボジア旅行の話をしました。「実はね…。いままで言わなかったのだけど…」と母が話し始めました。「カンボジアに行くって言いだしたとき、自分にルールを作ったの。ネガティブなことや不安な気持ちを娘に伝えないこと、これを絶対に守ろうって決めていたんだ」。そこで私は初めて気づきました。私がカンボジアに行くと決めてから帰国するまで、ずっと母は不安だったのです。スマホに「連絡しない」と書いた付箋を貼り、娘の様子が心配だけど元気であると信じ、成長を妨げず見守ろうと連絡をせず、飄々とした母の裏には、娘を思う気持ちがあふれていたのです。私は、恥ずかしながら、言われるまでまったく気づきませんでした。呑気に聞こえていた「そっか、いってらっしゃい!」が、相当な覚悟と勇気を持った一言だったことに気づきました。母の決断に感謝の思いでいっぱいです。母の偉大さに改めて気づかされた出来事でした。

 保護者のみなさまの、わが子への強く深い思い、自分で考えて行動するからこそ得られる子どもたちの成長、その両方を大切に、全力で、教室運営に取り組んでまいります。どうぞよろしくお願いいたします。

花まる学習会 紙田笑夢(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員のみなさまにお渡ししています。

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