【花まる教室長コラム】『ぴったりの距離で』坂田翔 2021年11月

【花まる教室長コラム】『ぴったりの距離で』坂田翔 2021年11月

 ある日の授業で、年中の子どもたちと「糸電話」を作りました。紙コップに空けた穴に自分で糸を通して止め、頑張って作ったその糸電話で、ある子が最初に発した言葉は「先生、大好きだよ」でした。コップの中の秘密の言葉は、心に直接響くようでした。もちろん、その後に「大好き」のお返しをしたのは言うまでもありません。
 その子と話しながら、糸電話とは何と特別な装置なのだろうと思いました。普通の会話や携帯電話とは違うこの形に、会話の本質が詰まっているように感じたのです。
 糸電話で会話をする時、一人は口に、一人は耳に紙コップを当てることになります。話す時は話す、聞く時は聞くということが自然にできる仕組みです。話者の入れ替えの際には、話の内容をしっかりと聞いた上で、目の前の相手の動きを見ることが大切になります。さっきまで話していた相手が耳に紙コップを当てた時、「相手は今、返事を聞きたいのだな」と理解してこちらも入れ替えをします。会話で使う言葉の外で、通じ合ったコミュニケーションが行われているともいえるでしょう。
 そんな仕組みだからこそ、話す内容はシンプルになります。子どもの場合、「聞こえますか〜?」「あ〜〜〜」と感覚的な遊びを楽しむか、今言いたい、選び抜いた大切な言葉を言うかの2つが多いように思います。
 言葉を選んで、まっすぐ伝える経験。糸電話での遊びは、そのような魅力をも持っているように感じます。確実に自分の話を聞いてくれる相手の存在を目の前に感じられるということも、大きな意味を持つでしょう。
 こうして糸電話について考えると、科学的な「音(振動)の伝播」としての学び以上に、人と話すということそのものを学ぶことができるのではないかと思うのです。話したいことだけを一方的に言い続けるでもなく、ただ聞き手に徹して自分から発信しないわけでもない。制約があるからこそ、根源的な人の会話に立ち返れる。それもゆっくり、ゆとりをもって。

 さて、糸電話で会話するには、相手と少し離れて糸をピンと張らなければなりません。糸が弛んでいては、振動がうまく伝わらないからです。人とコミュニケーションをするときに距離を取るのが当たり前になったこのご時世。その距離は、感染リスクを考えた「思いやりの距離」でもありますが、半ば義務的な「しかたのない距離」でもあるでしょう。
 でも、糸電話のそれは「あなたと通じ合うためのぴったりの距離」です。少し離れて、相手の姿を見て、感じ、一つ一つの会話を紡いでいきます。ぴったりの距離で立ち、自分と相手を繋ぐ糸がまっすぐになっただけで、何だかもう嬉しくなってしまうのです。
 恋人同士の運命的な関係は「赤い糸」で例えられます。私は、糸電話の糸も、人と人との関係を表すように思います。人には、本当の対話ができる距離感というものがあると感じるからです。私自身、母と腹を割って大人の会話をするようになったのは、「もう守られているだけの子どもではない」と考え、自立心が芽生えてからでした。大人になって、親子の関係に少し距離ができてからの方が、心から湧き出る想いを素直に表現できるようになったようにも思います。
 想いがうまく伝わらないとき、相手との糸が弛んでいるのかもしれません。重なったりくっついたりの他にも、親子の「ぴったり」はきっとあるのでしょう。抱きしめて、一番近いところから温もりごとすべてを伝えるのとはまた別に、少しずつ大人になっていく子どもたちと、少しずつ距離を取って、ゆっくり順番に想いを伝え合えたなら、そこでだけ生まれる言葉に出会えるかもしれません。

花まる学習会 坂田翔


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それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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