今どうしてる?卒業生物語 【No.10】永井譲さん

今どうしてる?卒業生物語 【No.10】永井譲さん

花まる学習会・スクールFC卒業生のその後に迫る新企画!
第10弾は、テレビ番組「情熱大陸」(MBS 毎日放送)で高濱が取り上げられた際に取材を受けた、伝説の卒業生にインタビュー!

ようこそ先輩!  永井譲さん
【花まる学習会】浦和つくし幼稚園教室 (~小5)
       *担当教室長:高濱正伸・水口加奈 ほか
【花まるアルゴ】南浦和教室 (小3~)
【スクールFC】南浦和校(小5~中3)
        特算・スーパー算数
【進路】 さいたま市立内谷中学校→埼玉県立浦和高校→新潟大学
【現在】医師

 



高濱 譲は中学受験に挑戦して、高校受験に切り替えたんだよね。
永井 もっと難しいことをしたいと思ってFCに通ったんですけど、思っていたのとは違いました(笑)中学受験はもっと精神年齢が高い人が挑戦することだって気づいて。
高濱 無理かもしれないと思いつつも、やってみたんだよな。6年生の夏ごろにお母さんと話し合ってやめることにして。譲のエピソードでお母さんたちに伝えたいのは、中学受験を途中で断念しても、そこからの人生をどのようにでもできるということ。当事者になると、どうしても「うちの子だけできないのか」っていっぱいいっぱいになってしまうけれど、中学受験を目指した日々は無駄にならないし、頑張った分だけ伸びるからね。

■花まる・アルゴ・FCでの思い出
高濱 花まるの授業で、印象に残っている教材・教具はありますか?
永井 キューブキューブです。あと、四字熟語。小さい冊子を持ってみんなで大きな声で読み上げていたあれ、覚えています。それから、作文コンテストも。賞は一度もとれなかったけれど、1つの作品をがんばって作りあげるのがすごく楽しかったです。
高濱 あと伸びした卒業生はみんな「キューブキューブ」をあげるなぁ。本格的に立体を学ぶようになってからその価値に気づくんだよな。
永井 はい。理系の道を進みましたが、数学は「やれば伸びる」と思えたし、空間認識の分野は苦労しなかったですね。
高濱 パターンメーカーやなぞぺーは覚えている?
永井 どちらも覚えています!なぞぺーは解くのが楽しくて、家庭用なぞぺーも買ってもらって、全部解いていました。勉強とは思っていなかったですね。
高濱 勉強だと思えないというところが俺の腕なんだけど(笑)野外体験はどうだった?
永井 サマースクールはほぼ毎年、雪国スクールにも行きました。FCの勉強合宿にも。
高濱 あの頃はFCの勉強合宿でも川遊びをしていて…ハゼを突いたのは、譲たちだったよな。
永井 はい!モリで突きました。
高濱 確か、譲が最初に突いて…
永井 そうです。そのあとすぐに友達も突いて、高濱先生が「うそだろ!」って(笑)ものすごく嬉しかったのを覚えています。
高濱 めちゃくちゃ喜んだよな。アルゴで印象に残っていることはある?
永井 アルゴのルール解説撮影みたいなのがあって、それに出たのを覚えています。
高濱 イケメンだからか、カメラマンが譲を気に入って、譲をメインに撮り始めたんだよな。そうしたら、譲が考える演技をし始めて。「あいつすげぇなぁ」って、スタッフみんなで大笑いしたよ。
永井 確かそのとき、勝てたんですよ(笑)
高濱 FCでのことは、覚えている?
永井 夏期講習の昼休みに、公園に行ってサッカーをしていたのを覚えています(笑)
高濱 すごい遊んでいたよな。俺も必ず公園に行っていたし。授業も遊びも、本気だったよ。勉強はどうだった?特算から入って、スー算に来て…
永井 花まるではどんな問題もすぐに解けていたけれど、FCでは全然できなくて、再テストばかりでした。世界は広いなって思いましたね。最初のクラス分けテストも、数学は1問くらいしか解けませんでした。まだ、三角形の内角の和も覚えていませんでしたし。
高濱 すでに力を伸ばしていた同級生もいるなかで、辛いことはなかった?
永井 まだ幼かったのと、プライドもそんなになかったので、辛くはなかったですね。鼻をへし折られたというよりは、別の世界を知ったような。新しいことを知ることができて楽しかったです。
高濱 前向きだね。確かに、譲が勉強関係でネガティブになっているのは見たことがなかったな。FCは、とにかく「ノート法」のイメージじゃない?
永井 はい。進出の語彙や意味のわからない言葉を調べて書き溜めていく「言葉ノート」も、とても役に立ちました。あれで言葉の意味を調べる習慣がつきましたね。電子辞書を買ってもらってからは、小学校でもひまなときに電子辞書で言葉を調べて読んでいました。
高濱 あの頃はFCで言葉ノートを教えていたけれど、いまは花まるの高学年でもやっているよ。

■あなたにとって、花まるとは?
永井 花まるは楽しくて、遊びに行っている感覚でした。だから算数・数学を苦手にならなかったんだと思います。大学受験で3浪しているのですが、そのおかげで「やれば伸びる、無理な壁じゃない」と思えて、諦めずに頑張れました。
高濱 立体センスや論理力を鍛えることを楽しくやり続けて基礎をつくっておけば、それをエンジンにしてどのタイミングからでも実力を伸ばしていける、ということだね。
永井 それから、大切な仲間と出会えた場所でもあります。インタビューに呼んでいただけることも、すごいつながりだと思います。
高濱 卒業後もこうして話を聞くことができて、本当にうれしいよ。
永井 相手との信頼関係を築いていくことは医師としても重要なスキルだと思っていますが、遊びのなかで対人関係を学べたことも大きいと思っています。

■両親の支え
高濱 俺が覚えているのは、お父さんが子育てに協力的だったな、ということ。釣りの野外イベントに、お父さんも参加していたよね。ハゼ釣り、覚えている?
永井 覚えています!エサがなくなって、高濱先生が釣ったカニを踏みつぶしてエサにして…
高濱 ははははは(笑)そうだった。あのとき譲は小学1年生だったよね。
永井 「これが大人か」と思いました。そのカニでまたカニが釣れて、何とも言えない気持ちになりました。
高濱 ははははは(笑)お父さんとは河川敷を一緒に歩きながら、たくさん話したよ。譲のことをすごく考えていて、えらいと思ったんだ。お母さんもすごいよね。譲の弟についてかなり悩んでいた時期もあったけれど、ものすごい努力をして乗り越えて。すごいパワーを感じたよ。
永井 母は、常に100%応援してくれる存在でした。浪人中も「やめたら?」と言われたことは一度もなかったです。自分がやめようかと迷ったことはありましたが。
高濱 譲のお母さんはいつも笑顔だったよね。そうやって、譲を支えていたんだね。

■医師への道
高濱 医学部を目指したきっかけは?
永井 高校でラグビーを始めたのですが、そのなかでマウスピースを使うと力を発揮しやすいことを知って、歯学に興味をもちました。受験勉強をしていくうちに手ごたえを感じて、 もっと幅を広げられる医学部を目指すことにしたんです。
高濱 中学ではバレー部だったよね。なぜラグビー部に?
永井 浦和高校がラグビーに力を入れていて、誘われたこともあって、ラグビー部に入りました。
高濱 ラグビーは身長・体格によっていろんな役割があるんだよね。紳士のスポーツと言うだけあるよな。
永井 そうなんです。僕は身長が低いんですけど、中学生のときに打ち込んだバレーでは運動神経で低身長を補うことが難しいと実感して。ラグビーならやれるかなと思いました。
高濱 高校1年生のときは初めてで大変だっただろうけど、3年生のときにはレギュラーかつ決勝にもいったよな。
永井 高濱先生が会場に応援に来てくださって。
高濱 県の選手にも選ばれたでしょ?
永井 埼玉県の代表として国体(国民体育大会)に出ました。
高濱 これだもんな、さすがだよ。中学3年生でテレビ(情熱大陸)に出て、高校で国体に出場して、そして医学部に。3浪したけれど(笑)
永井 谷も経て(笑)
高濱 譲は小さいときから目立ってできたタイプではないけれど、「普通の子が、信念と努力と親の見守る愛で医者にまでなったサクセスストーリー」なんだよな。いい医者になって。がんばれよ!
永井 はい!ありがとうございます。

卒業生の物語カテゴリの最新記事