「幸せなら手をたたこう」……「ぱ…ん」「ぱ…ん」
教室に向かう電車の中で優しい歌声が聞こえてきました。ウトウトしていた私が目を開けると、向かいの席に2~3歳の男の子と、優しそうなお母さんが座っていました。そのお母さんの優しい歌声に合わせて、男の子が一生懸命に手をたたいていました。その姿を見た瞬間、昔の思い出が蘇ってきました。
あれは…私が保育園の頃。母が働いており、保育園から家に帰っても誰もいなかったので、よく向かいの家に遊びに行きました。その家にはおばあちゃんとひとみさんという20歳ぐらいのお姉さんがいました。ひとみさんは優しくて、私が遊びに行くと必ず膝に乗せて頭をなでてくれました。そしてどんな悪さをしても、どんなことを言っても、笑って「すごいねー、ほんまえらいねー」と私を褒めてくれました。
母が帰ってくるまでひとみ姉さんに抱かれて寝ていたこともありました。
ある日、向かいのおばあちゃんの家に遊びに行くと、ひとみ姉さんの姿がありません。私が探しているのに気づいたおばあちゃんが「ひとみは嫁に行く準備で忙しいんだよ、結婚したら遠くにいくんよ」と教えてくれました。
その翌日、保育園で「幸せなら手をたたこう」のお遊戯の練習がありました。皆が曲に合わせて手をたたいているなか、私は手をたたきませんでした。何度も先生に叱られて、泣いてしまいましたが、それでも手を一回もたたきませんでした。
その夜、保育園から家に電話がありました。電話を切った母が優しく私に言いました。
「やりたくないことを無理にやらんでもいいんよ。やらんでいいんよ…」
と言いながら抱きしめてくれました。
~おれは…幸せじゃない…ひとみ姉ちゃんがいなくなるのに、幸せじゃない~
何度も何度も心のなかで叫びながら母に抱かれて泣きじゃくりました。
数か月後におこなわれたひとみ姉さんの結婚式に、母と二人で参加しました。
壮大な音楽と一緒に、ひとみ姉さんが白いきれいなドレスを着て、見たことのない男の人と入場してきました。
「幸せな二人に大きな拍手を~」
という司会者の声に、まわりの人が力いっぱい拍手をしているのを見て、自分の手を、両手を見つめました。
その姿を見た母が、「無理せんでいいんよ。たたかんでいいんよ」と耳元で囁きました。
何度も何度も自分の手に涙が落ちていきました。涙は止まりませんでした。
そして、「俺は…俺は…さみしいだけじゃ!」と大声を出して、力いっぱい手をたたきました。
結婚式が終わってから、保育園でまたお遊戯の練習がありました。
「幸せなら手をたたこう ぱんぱん!!」
私は力いっぱい手をたたきました。~ひとみ姉ちゃん、結婚おめでとう~俺はさみしいだけなんじゃ~と何度も心の中で叫びながら。
電車のなかで寄り添いながら笑顔で歌っている母と子を見て、昔のことを思い出しながら、とても幸せな気持ちになりました。そして自分の両手を眺めました。
多くの子どもたちとかかわり、多くのことを子どもから教えてもらっています。大切なお子さまを預けていただけているいま、自分は本当に幸せだと実感しました。
そして、前の席のお母さんの歌声に合わせてゆっくり手をたたきました。
お預かりしている子どもたちにとって、ひとみ姉さんのように優しく見守り、母のように背中を押す存在でありたいと改めて思いました。
目の前の子どもが微笑んでくれるように。目の前の子が大人になっても幸せで過ごせるように。私ができることは、「大丈夫だよ、きっとできるよ」と背中を押すことだと。
みんな違って、みんないい。比較せずに一人ひとりを大切にしていきます。
花まる学習会 箕浦健治(2023年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。