「あっ! さくらだ!」
そこには、鮮やかなピンクの花が咲き誇っていました。2歳の娘は、遠くからそのピンクの花を指差して目を輝かせます。散りゆく桜の花びらとともに舞う娘。それは、心のカメラにずっとおさめておきたいなと思うほど美しいワンシーンでした。
こうして草木や花が芽吹き始めると、一気に春の訪れを感じます。心があたたかく陽気になったり、ときにじーんと染み入ったり…。人生のさまざまな節目に出合ってきた春は、そんな心の波を訪れさせる季節でもあります。
* * *
6年前に花まるの教室で3年間担当していた中学3年生の男の子から花のたよりが届きました。
先生、お元気ですか?
ぼくは高校受験が無事に終わり、第一志望の高校に合格しました。
サッカーの強豪校にいきたくて頑張りました。
3月の終わりから高校の寮に入ります。どきどきです。
あのとき、花まるで勉強の楽しさを知ったから、高校受験を頑張ることができました。
ありがとうございました。ぼく、頑張るね!
彼は小学生の頃から、ハイレベルなチームに入り、サッカー漬けの毎日を送っていました。“文武両道”“どちらも妥協なく楽しむべし”という目標を掲げ、親子二人三脚で歩んできたご家庭です。彼の人生のうちたった3年間ではありますが、歩幅を合わせ、ともに歩めたこと、そしてその日々が数年経ったいまでも、彼の心にこうして刻まれていることが本当に、本当に嬉しいです。数年の時を経て、より鮮やかな色を放つ花のたよりは、一生の宝物になりました。
* * *
“親元を離れて、生きる”
私自身、そんな節目を強く感じたのは、高校を卒業した3月でした。18年間過ごした地元を離れ、神奈川県で大学生活を始めることにしたのです。そして4月から、部活の寮に入ることが決まっていました。新天地での挑戦が刻一刻と近づく3月。期待と不安が胸に渦巻いていました。
入寮当日。実家でいつも通りの朝を迎え、いつも通り朝食を食べ、家を出る準備をします。まさに日常。部活の遠征で1週間家を離れるということは何度もあったので、この日も同じように、無意識のうちに“また帰ってくるから”という感覚でいたのだと思います。母もいつもと変わらない様子でした。“しばらくこの家を離れる”なんて大袈裟に身構えすぎていたのかもしれない。いつも通りの母の姿に、どこか安心しながら準備を進めました。
最寄り駅までは母が車で送ってくれました。私が先に車に乗って待っていると、家の鍵を閉めた母が、車のドアをゆっくり、ゆっくりと開けました。いつもとは異なるそのスピードに違和感を覚え、母を覗き込むと…。
母は大粒の涙を流していました。
「本当は寂しいの。行かないで」
母の涙を見たのはいつぶりだろう。どうして? 泣かないで…。
いろいろな感情や想いがめぐりました。すると、私の目からも涙がとめどなく溢れました。2人で抱き合いながら、うわぁんうわぁんと泣きました。このときやっと「あぁ、私も母も本当は寂しかったんだな」と気がつきました。親子そろって強がって、素直になれなくて。“寂しくないふり”をして別れることが一番の愛と正義だ。そう思って過ごしていたのかもしれません。でも、別れ際にはなりましたが、こうしてお互いの本当の気持ちを伝えることができてよかったと思っています。家を出て数年間、親元を離れる。思っていたよりも、遥かに大きなできごとでした。
春は門出の季節。学年が上がったり、学校が変わったり、挑戦する環境が変わったり。いつもよりも大きな変化がある、一歩を踏み出す季節なのかもしれません。そんな一歩に寄り添い、背中を押してくれる春。出会いにも別れにもそっと色を添えてくれるのが桜です。
母も、私も、娘も大好きな桜の花とともに、門出を迎えるすべての人にエールを送ります。種は芽が出る。芽は伸び、花が咲く。
がんばれ、みんな!
花まる学習会 生井ちま(2023年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。