【花まるコラム】『報恩謝徳の思い』水口加奈

【花まるコラム】『報恩謝徳の思い』水口加奈

 春。春は、ひとの思いが飛び交う。たくさんの選択肢のなかから自ら選んだ、外から与えられた、新たな道が始まる。せわしなく、そわそわした、煌びやかな、張り詰めた、混沌たる季節。
 受験もそんな春の一つ。そこまでに懸けた思いや、時間、覚悟、それが数値化され、線引きされる。どんなに努力しても、願おうとも、咲かない花もある。

 7年間花まるに通い続けてくれた彼女は、真面目でコツコツ取り組める、度胸のある女の子でした。陸上部に入り800mを選んでいることからも彼女のストイックさが伝わります。
 受験前日に励ましのメールを送り、終わった直後には、やり切りました、と連絡をくれました。
 忘れもしない3月3日金曜日の朝9時。スマホを握りしめそわそわしながら待つ時間はあまりにも長い。すぐに何件か合格の連絡をいただきましたが、彼女からはありませんでした。
 土曜日、日曜日と何の音沙汰もなく、連絡がないのはそういうことなのか…と覚悟を決めながら過ごし、連絡があったのは月曜日。お母さまからのメールでした。花は咲きませんでした、と。
 受験当日の夜、自己採点をし、ボーダー予想が出た時点で2点足りなかったようで、明け方まで泣き腫らしたようです。時代なのですね、合格発表日には、クラスのグループLINE内で次々に合格発表をする、その通知の多さと浮かれ具合に、塞ぎ込んでしまっているとのこと。

 次の日の授業後すぐに、彼女に会いに行きました。時期尚早なのかもしれない、何を話すべきかも迷うなか、ただ彼女に会いに行こうと決めました。
 中3の娘と母の受験の1年間。私も経験しましたが、とにかく重苦しい。第一子だと親としても初めてで、何をしたらいいのか、何をしてあげたらいいのかわからない、常に手探り状態の張り詰めた空気。そのうえ、思春期。
 何事にも全力投球なお母さま。一心不乱な努力を見てきたからどうにか合格させてあげたかったと、ふと糸が切れたようで、涙を流されました。娘の前ではできるだけ笑顔でいようと決めていたけれど、気を遣わせないように普段通りを心がけていたけれど、と。張り詰めていたのはお母さまも同じ。

 受験はなかなかに残酷です。小学生までは、みんなが100点を取れるよう授業内容に沿ったテストで、やさしく誘導してくれる。それが中学生になると急に、いかに100点を取らせないか、点差をつけて差別化できるか、に変わります。授業中にボソッと呟いたことがテストに出たり。順位も偏差値も通知表も、すべてが数字。努力すらも提出物で数値化。初めは自分の努力を数字でしか見てもらえない、判断されない世界に面食らうでしょう。

 彼女は立派でした。思ったよりも内申が取れず厳しい目標になってしまったなかでも、決して志望校を変えなかった。まわりがどんどん志望校を下げて安牌を選んでいっても、彼女はガンとして前を向き続けました。自分を追い込んで苦しい道を最後まで選び続けた、逃げなかった彼女を私は誇りに思います。

 私が何より嬉しかったのは、彼女のために友達が励ましに駆けつけてくれたということ。発表当日、お友達が家に来て一緒にバカ騒ぎをしてくれたそうです。それは間違いなく、彼女が今日までに積み重ねて築いた関係、大きな財産ゆえ。彼女の人柄がまわりにそうさせたのです。一生忘れることのない、色あせない、尊い時間。

 彼女にとって合格以上のプラスがあったと私は思います。いまはまだそんなふうに思えなくても、いつかこの受験が必ず彼女の人生を豊かにしてくれる。良い思い出に、なんて綺麗事ではなく、合格したら見えなかった景色がそこにはあったはず。
 そんなことをいってもまだ15歳。これだけの時間と思いを懸け一つの目標を目指した経験はこれまでにないでしょうし、まだまだ整理なんてついていないと思います。それでも前を向き始めた彼女。迷ったら後悔しない道を選びなさい、と私が伝え続けてきた信念が伝わっていたのだとしたら嬉しい。
 親には感謝したいと思います、彼女の言葉が温かい。次に友達が苦しい思いをしているときには、何より先に駆けつけてあげるんだよ。

花まる学習会 水口加奈(2023年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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