【花まるコラム】『父の背中』平山真康

【花まるコラム】『父の背中』平山真康

 先日、父が五十八歳で亡くなりました。もちろん寂しい気持ちはまだ続いていますが、余命宣告から約一年、やってあげたいことはすべてできたので、後悔なく見送ることができました。気持ちのいい秋晴れのような心で、「頑張っている姿をこれからも見ていてよ!」と意気込んでいます。

 幼少期を思い出すと、父は私にとってのスーパーマンでした。おもしろくて、何でもできて、カッコいい父親。毎日の仕事でヘトヘトなはずなのに、休みの日には必ず遠くの公園やアスレチックへ連れて行ってくれました。そして、私は父といつも3つの合言葉でお約束をするのです。

・やってみなきゃわからない
・失敗したらもう一度
・自分がされてイヤなことは、人にもしない

 父が、私を強くしてくれました。最近ふと気がつくのですが、子どもたちに何か伝えようと私の口から出る言葉は、父からもらった言葉が多いです。
 実は、毎月お渡ししているコラムを、父が元気なときにはすべて読んでもらっていました。
「しっかりとバトンが渡っているようだ」
と嬉しそうに、花まるに就職したことも一番喜んでくれたのは父でした。

 体調が悪化しても、お見舞いに行くと必ず父は帰りに「気をつけて帰ってな」と送り出してくれました。
 最初のうちはニコニコで出口まで手を振ってくれて。でも、だんだんと動けなくなって椅子に座ったままで。ベッドに寝たきりになっても、手は上げて。
 最後は、目が開けられなくなっても「またね」と話しかけると、ぎゅっと手を握ってくれました。

 父とは、いいことばかりではなくいろいろとありましたが、最後の最後まで私たちのことを想ってくれていました。きっと離れていたときも、ギクシャクしていても、ずっとずっと変わらぬ愛情を注いでくれていたのだと思います。
 私は、最後まで子どもたちを思っている存在でありたいのですが、それは、まさに父を目指しているのかもしれません。離れていても、もう会えなくても、父と過ごした時間とその言葉たちが、私を守ってくれています。

 父が亡くなる一か月ほど前、あるときのことを話しました。
 それは高校生のときに、「もう自分の頭を撫でてくれる人はいない」とハッと気がつき、寂しいなあと思った日のことです。
 十五歳というのは、もう立派な大人です。だから「一人の男として強く生きていかなければいけない」と寂しさを噛みしめながら決心しました。

 父はその話を聞き「たしかにそうだなあ」と言いながら、最後に、私の頭を撫でてくれました。幼い頃に「真康は、いい子だ」と言われながら背中におぶられていたときの父のあたたかなぬくもりを思い出し、涙が止まりませんでした。

 父は、真っ直ぐ生きる大切さを教えてくれました。父の大きな背中をずっと追いかけながら、子どもたちと全力で向き合ってまいります。

花まる学習会 平山真康(2023年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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