1月の小学生の特別授業は、思考実験大会。算数大会や国語大会とは異なり、1年間に1度きりの大会です。6年生にとっては、さらに特別な意味をもちます。異学年混合チームで力を合わせて臨む最後の大会なのです。この大会で私の心に深く刻まれたのは、6年生Dくんの言動です。
Dくんを一言で表すとしたら、ミスター花まる! コミュニケーション力、リーダーシップ、ユーモアセンスを兼ね備え、これからどのように成長していくか、本当に楽しみな6年生です。人間力だけでなく、学力も盤石です。そう言い切れる理由は、漢字学習の取り組み方にあります。これまでの漢字テストは、すべて特待合格か合格。一度たりとも不合格はありません。私が担当したのは3年生からなのですが、そこから11回中5回が特待合格。当然のことながら、受検級に比例して難易度も上がるため、これはものすごい記録です。
歴代の教室長が残している記録をさかのぼってみました。1年生1学期のテストはというと…70点。合格ラインギリギリです。1年生では1度も特待合格はなく、2年生の2学期に初めて特待合格。そう、何も最初から漢字のスペシャリストではなかったのです。では、これだけの成果を残し、連続合格という道を歩めたのはなぜか。その答えは、毎週欠かさずに提出している漢字練習ノートにあります。軌道に乗るまでにはさまざまな試行錯誤がありました。この努力の足跡は、本人、ご家庭、花まる、三人四脚の足跡です。ノートを手にした私の脳裏に浮かぶのは、以下の2つのメッセージです。
「長い階段は、一気に上がろうとすると、途中でへばってしまう。 でも一段ずつ確実に上がっていけば、時間はかかっても、やがてはちゃんと頂上まで上がることができる。」(マラソン・高橋尚子選手)
「小さいことを積み重ねる事が、とんでもないところへ行くただひとつの道」(野球・イチロー選手)
両選手が伝えている根っこの部分は同じ。この2つのメッセージは、努力とは何かを教えてくれるものです。Dくんのノートはまさに「一段ずつ確実に」「小さいことを積み重ね」の実例と言えます。
そんなDくんが思考実験大会前に、自分に言い聞かせるようにつぶやいていました。「あと1枚…!」と。大会にはMVPという表彰があり、選ばれた子にはMVPシールが手渡されます。Dくんがこれまでに獲得したMVPシールは19枚。あと1枚で区切りの20枚! その想いがつぶやきとなって漏れたのです。
そんな熱い気持ちを胸に臨んだ大会も終わりを迎え、いよいよ最後の表彰式。この教室では、まずチームリーダーから仲間のいいところを言葉にする時間を設けています。チームリーダーであるDくんが、同じチームのHさんにまっすぐ言葉を届けました。
「アイデアとか、言葉のセンスとか、自分にはないものをもっている。Hさんのおかげでチームのレベルが上がった。Hさんがいてくれてよかった」
Dくんが仲間に向けるまなざしの「あたたかさ」は、きっとこれまで歩んできたなかで向けられたものと同じなのでしょう。
その後、チームを担当した講師がMVPを発表します。もちろんDくんの背景は知りません。そこで呼ばれた名前は…Dくん。理由は「誰ももっていないもの」をもっていたこと。DくんがHさんに向けて届けた言葉が、そのまま自分に返ってきたのです。仲間を認め、背中を押すというかかわり方がチームの結束力を生み、大きな推進力となりました。教室中の仲間・講師から万雷の拍手。誰もが納得のMVP、手にしたものは偉大な記録となる20枚目のMVPシールです。
帰り際、Dくんに声をかけると、こんな言葉が返ってきました。
「あと1枚、SなぞぺーのMVPシールで21枚だから」
さすがDくん。こうでなくっちゃ。実はあと1回、年度末表彰の可能性があるのです。Dくんにとっての「頂上」はまだ先です。その精神は、しっかりと受け継がれます。後輩に、そして私たち大人にも。いつか「とんでもないところ」まで行けるような生き方・歩み方を学ぶ場としてバトンをつないでいこう。そんなことを胸に抱きながら、また来週も子どもたちを迎えます。
花まる学習会 高橋大輔(2023年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。