【花まるコラム】『誰かの当たり前は新しい世界の扉』藤枝詩織

【花まるコラム】『誰かの当たり前は新しい世界の扉』藤枝詩織

 授業中に歯が抜けた男の子がいました。1年生のTくんです。教室のお友達と一緒に「おめでとう!」を伝えました。なんと、Tくんは人生で初めて歯が抜けたというのです。それはそれは嬉しい出来事だったに違いありません。彼は初めて抜けた歯を大切そうにティッシュにくるんで持ち帰りました。と、ここまではよかったのですが、おむかえに来られたお母さまにTそのことを伝え忘れてしまい、授業後に電話をしました。歯が抜けたことを伝えたあとはその日の授業での様子を伝え、電話を切ろうとしました。すると、Tくんが私と話したいというので、なんだろうと思い、電話をかわってもらうことにしました。
「僕ね、歯が抜けたからお金をもらえるんだ!」
そうTくんが言うので、どういうことだろうと思っていました。彼は話しを続けます。
「いまね、妖精さんにお手紙書いてるの。枕元におくと、明日メダルがもらえるんだ」
というのです。まったく謎が解けず、何のことを話しているのかはわかりませんが、メダルをもらえることを楽しみにしている彼の声色からは嬉しさが伝わってきます。電話を終え、ほっこり。ですが、Tくんが話していたことがどうしても気になり、調べてみることにしました。すると、「トゥース・フェアリー」というワードがヒットしました。「トゥース・フェアリー」とは、抜けた乳歯を枕元に置いて眠ると夜中に歯の妖精がこっそりその歯をもらいに来て、お礼にコインやプレゼントと交換してくれるという西洋の言い伝えのことでした。この儀式には、生えかわる永久歯が丈夫でありますように、という願いが込められています。調べたあと、素敵な言い伝えがあることに心があたたかくなったのと、自分はまだまだ小さな世界で生きていて、知らない世界が多くあるのだと衝撃を受けました。次の週、彼に
「先週、電話をしたでしょう?Tくんが言っていた歯の妖精さんのことがわからなくて調べてみたよ。とっても素敵なことをおうちでしているんだね」
と歯の妖精についての話をしました。すると、Tくんはふで箱に入っているメダルを見せてくれました。Tくんにとって人生で初めての“歯の妖精さんからもらったメダル”でした。その場に立ち会えたことはもちろんですが、彼のこれからの成長も見守れると思うと嬉しくなりました。

 今回の出来事は、私にとって未知の世界の扉を開けた瞬間でした。いまとなっては自分が知らないことや、ほかの人と違うことがあっても受け入れられるようになりました。幼い頃の自分だったら、まったく受け入れられなかっただろうと思います。その背景には、たとえば、右向け右!で右を向けなかったら仲間はずれにされてしまうのではないか、という不安と隣り合わせだったからだと思います。また、その不安に打ち勝つだけの自信がないことなど要因はさまざまあると思います。昨今、多様性ということばを多く耳にする時代で、自分が知らないことや自分とは違うと感じることが増えました。一方で、実際はその多様性を受け入れることに不安がある人が多いようにも感じます。だからこそ子どもたちには、自分が知らない世界や人と出会ったときに「うわぁ! 自分の知らないことを知れるっておもしろいなぁ」「あの人は自分ともまわりとも違うけれど、素敵なところがたくさんあるんだよね」と受け入れられる、そして何よりほかの人と違う自分がいても恐れることなく、むしろ「自分にはこんなに素敵なところがあるんだ!」とまわりの視線に心をゆさぶられることなく、世界を広げて生きていける大人になってほしいと願っています。その心を育てていけるよう子どもたちと一緒に学び続け、私自身も多くの世界を知っていきたいと感じます。

 最後にTくんへ。知らない世界を教えてくれてありがとう。これからも私が知らない世界をたくさん教えてください!

花まる学習会 藤枝詩織(2022年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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