年長のSちゃんのお母さまから、連絡帳を通じてあるエピソードを教えていただきました。
「先日、幼稚園でお遊戯会の役決めがありました。Sのクラスは『おおきなかぶ』の劇をするそうです。Sはお姉さん役をやりたかったそうですが、希望する子がたくさんいて、ジャンケンで決めることに。そして負けてしまい、おばあさん役になったそうです。その日はがっくりと落ち込んで帰ってきました。これから本番までの約2か月間で、Sがどのように気持ちを切り替えていくか、楽しみです」
とのことでした。このエピソードを聞いて、私自身のよく似た経験を思い出しました。
それは私がSちゃんと同じ年長のときの遊戯会でのこと。私たちのクラスは絵本の『手袋を買いに』の劇をすることになっていました。さまざまな動物が出てくるお話なので、その役決めをしました。私は「うさぎ役をやりたい!」と強く思っていました。しかし、先生から「カラス役の子がいないから、誰かやってくれるかな?」という話が。私は、「今日だけならいいか!」と思い、「はい!やります!」と立候補しました。そして、その日はカラス役として練習をしていました。帰り道、母から「カラス役をやるんだってね!○○ちゃんがやるって言ってくれて、先生嬉しかったって!でもカラスの役を選ぶなんてめずらしいね?」と言われました。私の頭のなかははてなでいっぱいです。「え?違うよ!今日はお休みの子がいるって先生が言っていたから、カラスをやったんだよ」と言いましたが、あとの祭りです。私が先生の話をよく聞いていなかっただけで、どうやら先生は「本番でカラス役をやる子」を探していたようです。もうカラス役に決まってしまったので、変更することはできません。黒いビニール袋でつくってもらった真っ黒な衣装にカラスの顔のお面をつけて舞台に立ったことをいまでも覚えています。
Sちゃんの出来事、そして私の出来事。どちらもそのときには、納得しきれない、いわば「思い通りにならない経験」でした。世のなかにはどうにもならないことがあるのだということを知る初めての機会だったかもしれません。しかし、一歩外に出ると、このような経験はたくさんあります。自分の思い通りにいかずに悔しい思いをすること、相手に自分の気持ちが伝わらず、もどかしい思いをすること。自分のなかで消化しきれないような思いを抱えることもあります。それでも、日常は続いていき、前を向かなければいけないこともあります。私は思い通りにならない経験を積み重ねていくことによって、それを受け止める土壌を自分の手で作り上げることができるのではないかと感じています。Sちゃんのお母さまの特に素敵だなと感じたところは、希望通りの役になれなかったけれども、Sちゃんがどう切り替えていくかが楽しみだと思っているところです。一緒に悲しんだり、文句を言ったりするのではなく、受け止めて、切り替えられるように見守っていらっしゃる姿がとても素晴らしいなと感じました。思い通りにならないことがあっても、むしろチャンスだと思って乗り越えていく、子どもたちがそんなたくましさを手に入れられるように、私も保護者のみなさまと一緒に見守り続けてまいります。
ちなみに、私がそのお遊戯会に不満そうな顔で参加していたことはここだけの内緒にしてくださいね。実家にあるアルバムには、真っ黒な衣装に身を包み、不満と緊張で仏頂面の私の写真があります。「あのときの私、よく頑張ったな」と思えるのは、こうして月日が経った頃なのかもしれませんね。
花まる学習会 上武美貴(2022年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。