【花まるコラム】『返ってきた鉛筆』高橋大輔

【花まるコラム】『返ってきた鉛筆』高橋大輔

 小学生コースでは、9月に算数大会を行いました。算数大会は、算数に関係する花まる学習会のオリジナルのゲームに挑戦する授業です。自分の体や身のまわりのものをつかって「長さの感覚」をつかんだり、キューブキューブというブロックを使用して立体を回転させる実体験を積んだり、子どもたちが夢中になるコンテンツが目白押しでした。
 大会では、全体を通して活躍した子に贈られるMVP表彰や、優勝チームの発表があります。MVPは特製シール授与、優勝チームには、一人ひとりに特製鉛筆が贈られます。現在は感染症対策のためチームでの取り組みを控え、コンテンツごとに目覚ましい活躍をした子に「個人賞」として鉛筆を手渡しています。
 今回の主人公は、個人賞の鉛筆を受け取った1年生Aくんです。表彰の瞬間から心が跳ね上がり、終始満面の笑みで取り組み続けていました。翌日、Aくんのお母さんから届いたメールがこちらです。

昨日息子が『花まるの鉛筆をもらった!』とすごいテンションで喜んでいました。しかし本人は何に対してもらえたのかまったく理解していない様子。親からも褒めたいと思いますので経緯を簡単に教えていただけるとありがたいです。

 すぐに表彰理由を伝えました。コンテンツ名は「この長さ何○○!」というもので、「尺」「寸」「インチ」などの単位を扱い、身のまわりにあるものから、指定された長さのものを見つけるというゲームです。Aくんは、目の前にブロックを順番に並べ、そこからピッタリ合う長さを見つけようとしていました。その発想力と試行錯誤の力が表彰のポイントです。そのことをメールで伝えると、お母さんからこんな言葉が返ってきました。

鉛筆そのものよりも生まれて初めて皆の前で表彰していただけたことが何よりも嬉しかったのでしょう。 今日学校から帰ったら鉛筆をもらえた理由を息子に説明して褒めたいと思います。

 すると、翌週の授業前日に続報が届きました。Aくんは、上記のことで表彰されたとは思っていなかったのです。というのも、「あのアイデアは、自分で考えたのではなく、ほかの子が言ってたか、やってたのをマネしただけ」だったからです。そう口にしたAは、あっけらかんとした様子だったとのこと。表彰理由を説明した日はそれで終わったのですが、翌日こんな言葉が…。

「僕やっぱりあの鉛筆を先生に返す。だって僕はマネしただけだから。僕はもらいたくない」

 まだ1年生、社会の倫理よりも、自分ルールのなかで物事を判断する部分も多いです。表彰理由を知ってから、Aくんのなかにグルグルと渦巻くものがあったはず。その末に「鉛筆を返す」という決断に至ったのです。お母さんからのメールにはこう綴られていました。

彼のその正直さを大いに褒めてあげると同時に、今度は自分の力で先生に認められて鉛筆をもらえるといいね、と励ましました。

 生まれて初めての表彰に喜ぶわが子を見て、嬉しくないはずはありません。お母さんの胸中を考えると、何とも言えない気持ちになったのは事実です。ただ、お母さんの言葉を何度も読み返し、私の心のなかに残ったものは「信頼」です。わが子が示した正直さを尊いものとして受け止めてくださったお母さん。わが子は間違っていない、という揺るがない想いがストレートに伝わってきました。その想いを受けたAくんが自分の信じた道を歩んでいく。私ができることはただひとつ。Aくんの成長を信じて待つこと。こうして信頼が信頼を生み、つながっていく。まさに信頼の連鎖です。

 翌日の授業の際、Aくんからスッと鉛筆が返ってきました。未練など一切感じさせない堂々とした態度で。そのまま教室に駆け込んでいくAくんの後ろ姿を目にしながらお母さんが呟きました。「次回もし自分の力で鉛筆がもらえるときには何倍も嬉しく思うでしょうね」と。私も同じ気持ちでその日を待ちます。もうこれはただの鉛筆ではありません。生まれて初めての表彰と喜び、表彰理由を知ってからの葛藤と決断、そしてお母さんの信頼…Aとお母さんの歴史が詰まった鉛筆です。いつかAが自分の力で表彰されるときまでの大切な大切な預かりもの。いまは、私のロッカーのなかで再び手渡される日を待っています。

花まる学習会 高橋大輔(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

花まるコラムカテゴリの最新記事