おいらが、「にぎりずしの元祖、与兵衛ずしだよ。さあ、食いねえ、食いねえ、すし食いねえ。」って売り口上をはりあげると、客が次々に足を止めてさ。「アジ。」「タコ。」「マグロ。」なんて、あれこれ注文するんだ。するってぇと、おとっつぁんが「ほいきた!」と、すしめしとネタを調子よくにぎって、前さがりの厚板の上におくのさ。
(吉橋通夫『すし食いねえ』講談社より)
徳川家によって幕府が開かれてから、およそ300年近くにわたって続いた江戸時代。近年はその多様な文化や人々の精神性だけでなく、将来にわたる循環型社会のモデルなどの観点からも新たな関心を集めています。そんな江戸の町を舞台にした『すし食いねえ』は、活気あふれる町の情景や「粋」な登場人物たちの義理人情、握り寿司誕生の秘話などが描かれた異色の児童文学です。
主人公は屋台寿司屋の一人息子で、飛びぬけて鋭い味覚センス=「べらぼうな舌」を持つ少年、豆吉。彼は深川の有名寿司店の娘おきょうとともに、ひょんなことからある若侍の窮状を救うことに……。物語の終盤では、若侍の訴状を渡すため、勘定奉行のお屋敷で「すしの御前試合」がくり広げられます。
この本は巻末に「握り寿司年表」が掲載されているなど随所に豆知識も盛りだくさんですが、いまや代表的な寿司ネタであるマグロが、当時は見向きもされていなかったという史実には驚かされます。赤身魚であるマグロは当時「下魚」とされ、田畑の肥やしにされていたのです。そんなマグロを、豆吉が直感的に寿司ネタに向いていると考え、試しに食べてみるシーンもとても印象的です。
豆吉は、すしめしをおひつからとってぎゅっとにぎり、その上にマグロの赤身をのせ、指で軽くおさえた。ためしに、食べてみる。
「うっ、なんだ、これは?」
今まで口にしたことのない食感と香りと味だ。
半日もしょうゆづけにしてあるから、赤身でも血のにおいは消えている。でも、どことなく海を思い出させる香りが口の中にひろがる。
やわらかい身をかみしめると、ねっとりとした食感が歯と舌にからみつく。かんで飲みこむと、しつこくない脂のうまみが舌の上に残る。(中略)
豆吉の「べらぼうな舌」が、しきりにささやく。
―びっくり! こいつは、まったく新しいすしだ。きっと評判をよび、天下一品と言われるすしになるにちげえねえ。
「寿(ことぶき)」を「司(つかさどる)」という漢字が当てられていることからも、寿司はおめでたい日に食べるものとしてのイメージが定着しています。別れだけでなく新たな出会いも待っている春、定番のちらし寿司だけでなく握り寿司など、おうちでもオリジナリティーあふれるさまざまなお寿司を作ってみてはいかがでしょうか?
平沼 純
【レシピ】 握り寿司
炊きたてのごはん 2合分
米酢 60ml
砂糖 大さじ1. 5
塩 小さじ1
まぐろの赤身 約300g
醤油 大さじ2
みりん 大さじ1
わさび、白ごま、刻み海苔 適宜
①米酢、砂糖、塩をよく混ぜておく。
②炊き立てのごはんに①をまわしかけ、サックリと切るようにまんべんなく混ぜて、冷ましてすし飯を作っておく。
③耐熱の容器にみりんを入れて600wのレンジで30秒加熱する。醤油を加え、食べやすい大きさにそぎ切りにしたまぐろの赤身を漬けこむ(目安:30分~1時間)。
④ ②を一口サイズ程度の量を片手で軽く握って小さい俵状にし、両手で形を整える。このとき、おにぎりを作るように「ぎゅっ」と力は入れず、口に入れたら「ほろり」とくずれるくらい優しく握るのが、おいしさの秘訣。
⑤ ④のごはんの上に③のまぐろをのせる。お好みで、大人はわさび、子どもは白ごま、刻みのりなどをのせる。
*漬けにすると生臭さが消えてうま味が増すため、お刺身や生魚が苦手な子でも食べやすいようです。まぐろのほかに、はまちやかんぱち、かつお、サーモンなど、淡泊なお魚より、脂が乗っている魚、赤身の魚のほうがおいしく感じますよ。
【レシピ・写真提供】
料理家 江口 恵子(natural food cooking)