【花まるコラム】『主体的な学びをする子に』出井真理

【花まるコラム】『主体的な学びをする子に』出井真理

 子どもたちの行動を観察していると、「何をやっているんだか…」と不思議に思うことはありませんか?コップにお茶をなみなみについでみたり、壁をよじ登ってみたり。でもよくよく聞いてみると、その行動には必ず彼らなりの考えがあります。大人にとっては当たり前のことも、子どもたちにとっては未知の世界。知りたい、やってみたい、どうなるんだろう?と思った次の瞬間にはもう行動を起こしている。その瞬間が、主体的な学びのチャンスです。

 私にもいくつか経験があります。
 年長くらいの頃、家のなかで遊んでいたときのこと。突然逆立ちがしたくなった私は勢いよく床に手をつき足をふり上げました。頭のなかでは、いつかテレビで見たキレイな倒立がイメージされていたものの、そう簡単にうまくできるはずもなく、勢いよく背中から落ちて腰を強打。驚きと痛みで、しばらく動けなかったことがあります。勢いだけでなく、足を真っすぐ上にあげるには筋力が必要なのだということ、そして練習を積み重ねなければできるようにならないということを学びました。

 ほかにもあります。オレンジジュースを飲みながらテレビを見ていたときのこと。確か、小学校低学年くらいの頃でした。ぐうたらするのが好きな私は、寝ながらテレビを見たい、そして寝ながらジュースも飲みたい、と思いました。そう思うのと同時に、横になりました。ジュースを片手に寝転がると、当たり前ですが、コップのなかのジュースが顔にビシャッとかかりました。驚いて慌てて起き上がり、「ほう、寝ながらジュースは飲めないのか…」と気がつきました。そこで初めて私は実体験として「重力」というものを学びました。そこから、「じゃあ、どうやったら寝ながらジュースを飲めるのか」と実験を始めました。まずは横になってからコップを手にとる。コップの傾きはテーブルに置いてある状態でキープ。そして飲むときはちょっとずつコップを傾ければいい。何度かこぼしましたが、ようやく「これだ!」と実験に成功しました。その実験のなかにも、実は初めて知ることもありました。コップを少し傾けると、コップのなかのジュースも移動する。観察してみると、ジュースはずっと同じ角度をキープしている。それが、実体験として「水平」を理解した瞬間でした。言葉としての知識はその後5~6年生の理科で習ったと思いますが、実体験ほど納得できるものはありません。

 覚えた知識は、いつかは忘れてしまいます。しかし、感動したもの、経験して納得したものは、ずっと忘れないものです。勉強して終わり、ではなく、それが実体験とつながったとき、「ああ、こういうことだったのか」と自分のなかに落とし込めたときに初めて、自身の学びとなるのです。だから、どんな経験も無駄ではない。どんな経験にも、新しい発見が隠れている。そう思っています。

 ある教室の5年生Nくん。彼は年長から花まるに入り、1~3年生の3年間、あさがお(転写テキスト)をやってきました。3年間の成果もあり、適度なスピードで見やすい字を書くことができるようになった彼ですが、4年生になると少しの反抗心が芽生え、字を雑に書くようになっていきました。しかし、そんな彼にも変化の時が来ます。それから何か月も経ったある日、あるテレビ番組を見て文字の美しさに感動した彼は、また字を綺麗に書くようになりました。宿題のノートは、いままでと見違えるように見やすくなっていました。字を綺麗に書くことへの彼なりの納得感が、彼の行動を変えたのだと思います。

 まわりに言われてやることよりも、自らやることのほうがずっと価値のあることです。自らやろうと思って起こす行動には勝てません。だから、自分で必要だと思ったときにいつでも引き出せる引き出しを作っておくことが大事で、それが勉強する意味だと私は思っています。

 花まるの教室では、自らやりたい、やってみたい、と思える環境づくりや声かけを大事にしています。保護者のみなさまにはぜひ、その様子を温かく見守っていただければと思います。

花まる学習会 出井真理(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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