【花まるコラム】『年長さんと哲学対話をした話』臼杵遥志

【花まるコラム】『年長さんと哲学対話をした話』臼杵遥志

■作品のつくり方
 年長の思考実験「紅葉」では、事前に拾ってきた落ち葉やどんぐり、松ぼっくりやねこじゃらしなど、自然のアイテムをセロテープやボンドで紙に貼って作品をつくります。始まる前に子どもたちに伝えるのはつくり方。

「つくり方は2つあって、1つ目は『ドラゴンつくりたいなぁ』とか『トゲトゲしたのつくりたいなぁ』とか、どんなものをつくるかを先にイメージするやり方。もう一つは、とにかくどんどん貼ってみて、『これはうみみたいだな』とか『ワクワクするかんじだな』とか、あとからイメージするやり方。どっちを選んでもOK!」

 すると、子どもたちは思い思いに手を動かし、「みてみて!うさぎ!」「なんかへんなのできた!」と作品を生み出す喜びを味わいます。

■こわいかんじとクリスタルちょうちょ
 なかでも特に印象的だったのは、HちゃんとSくん。Hちゃんは「ようじせんせい」と私を呼び、「これどう思う?」と作品の感想を求めてきました。葉っぱやどんぐりが紙一杯に散りばめられたその作品を見て、私は「力がある感じがする」と伝えました。するとHちゃんは「え!?そうなの!?」「わたしはね、なんかこわいかんじだとおもった!」と興奮気味に教えてくれました。私が「同じ作品なのに全然違う感想だね」と伝えると、Sちゃんは「ほんとだ!すごい!おもしろいね~!」とケタケタ笑っていました。

 Sくんは自分の作品について「せんせい、これはね、ようちゅうなんだよ。どんぐりがめで、はっぱがからだ。このようちゅうはね、ほんとうはいなくて、あたまのなかのようちゅうだからね、おおきくなったらきんピカのクリスタルちょうちょになるんだよ。きんピカのクリスタルちょうちょは、とぶときにすっごいひかるんだよ」と目を輝かせながら、嬉々として語っていました。

■哲学と対話
 私事ですが、実は教育以上に演劇の世界に身を置いていた時間が長く、こういった作品を通しての言葉のやり取りが大好きなのです。稽古場で俳優と一緒に「このセリフはなにを示唆しているのか?」「なぜ、ここでこの人物はこの選択をしたのか?」と答えのない問いに向き合っているときと同じような感覚があります。これは教育業界に身を置くようになってから知ったのですが、この感覚を教育に活かすものの一つとして、ニューヨーク近代美術館が開発した「対話型鑑賞」というものがあります。絵画や彫刻などの美術作品を観て、感じたことや考えたことを複数人でシェアすることで美術への造詣を深めるだけでなく、観察力、批判的思考力、言語能力などを伸ばす効果があることがアメリカの小学校で実証されているそうです。世界各国の教育現場だけでなく、グローバル企業の研修にも採用されているとか。また、一つの作品を鑑賞するにあたって作者名や解説などの情報は与えず、あくまでも自分が何を感じ、何を考えたかを言葉にすることを大切にするそうです。

 HちゃんやSくんのやったことも根本は同じです。「アートを通して他人の思考に触れ、その違いをおもしろがる」「自分が作品を通じて何を考えたかを言葉にする」という姿勢は、まさに相手との対話を行い、己の哲学を深めることにつながります。「対話しましょう!」「哲学するぞ!」と相手や自分に真正面から向き合うよりも、「作品」という触媒を使ったほうが遠回りのように見えてかえって率直な意見や素直な気持ちを表現したり受け入れたりすることが可能になるのです。

■唯一解がないことを楽しむ
 年長さんの作品づくりの最後、題名を決める際、「思いつかなかったら『げいじゅつ』って書くといいよ」と伝えました。子どもの絵や作品を見るとき、つい「これはなに?」と答えを求めてしまいがちですが、それは何事にも「正しい一つの答え」があるという誤解を生みかねない危険な言葉です。私は、子どもたちに「唯一解がないことを楽しめる人になってほしい」という想いを込めて、日々授業をしています。

花まる学習会 臼杵遥志(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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