【花まるコラム】『 グー・パー・チョキ・パーで表現する心』吉田優太

【花まるコラム】『 グー・パー・チョキ・パーで表現する心』吉田優太

 今日のお話は神社の境内のなかから始まります。2年生のMちゃんとそのお母さん、そして私の3人です。

 「七五三の振袖姿を先生に見せたい!」とMちゃんがお母さんの心を動かして、実現しました。参拝を終えて、ゆっくりと鳥居まで歩こうとしているときのことです。お母さんが「手を握ってもらったら?」とMちゃんに声をかけました。私と目が合うと、Mちゃんは言葉を発しませんでしたが、手はグーからゆっくりパーになっていきます。「手、つなぐ?」「うん」Mちゃんは私の目を見て頷きました。温もりのある、柔らかな手。いま、自分の気持ちを素直に出せるMちゃんが目の前にいます。

 花まるで出会った当初、年長のMちゃんは「これがしたい!」と口にすることができませんでした。私と目をあわせることさえ、ままならなかったことをいまでも覚えています。Mちゃんは小学校受験を経験して心身ともにボロボロになっていました。「Mちゃんの目の輝きを取り戻しましょう!」「『意欲』の回復が最優先です」 私とお母さんとの二人三脚が始まりました。ある日、「葛飾北斎の『本物』が見たい!」と言い出すMちゃん。お母さんは展示会場を探してその日のうちに予約まで取ってしまいました。「先生、行ってきました!」その言葉に母の愛と気迫を感じたのも、記憶に新しいです。あれから3年が過ぎ、Mちゃんは小学2年生。私の担当する教室がかわっても、ついてきてくれました。一緒に歩くMちゃんの幸せそうな姿をみて、自身の初恋の記憶が蘇ってきました。手も握れない。それでも同じ歩幅で一緒に歩いている。それだけで、当時の私も幸せでした。

 Mちゃんと神社でお賽銭を一緒に納めたあとは記念撮影。手をつないで境内を歩き、鳥居を抜けて神社の外まで行きました。別れ際に撮った一枚の写真。Mちゃんの笑顔のそばに、指を大きくひらいた「チョキ」のピースが自然と添えられていました。こんなにも笑顔を見せるようになったMちゃんの成長に、私の涙腺が思わずゆるみました。撮影を終えて、「またね!」とお別れのハイタッチ。お母さんと二人で歩く姿がなんと輝かしいことでしょう。そう思いながら見送っていると、なぜかMちゃんが歩みを止めました。空を見上げて何かを考えているようです。お母さんに一言伝えたかと思うと、私のそばに戻ってきてこう言いました。「ぎゅって、してくれる?」いつもはお母さんに頼んで、自分の気持ちを伝えてもらっていたMちゃん。そのMちゃんが自分から言葉を発しました。私はMちゃんが花まるに通った最後の日を瞬時に思い出しました。いつもお母さんを頼っていたMちゃん。別れのこの日ばかりは自分で何かを言おうとしていましたが、最後まで 自分の想いを言葉にして伝えることは叶いませんでした。けれど今日は「自分から」気持ちを伝えることができました。もう、自分の意思で進んでいける。そう思いながらMちゃんの姿を見送ります。声が届かないはずの距離まで離れると、かろうじて見えるMちゃんが体を大きく左右に傾けていました。よく見ると両手も使いながら、手のひらをめいっぱい「パー」に広げて手を振っていました。「また帰ってくるね! いい?」そんな声が聞こえてきた気がしました。「何かなくても、いつでも戻っておいで。ずっと応援しているよ」私は心のなかで彼女の声に応えました。

 神社で参拝してから数日後、Mちゃんのお母さんから手紙をもらいました。そこには母自身の花まるに出会ってからの心境の変化と、Mちゃんの言葉に込められた想いが綴られていました。

私(母)自身、一番は子どもを信じられると思えたことが昔と違うなと思います。でもこの先不安だなという気持ちも正直あって、私が先生にぎゅっとしてもらいたかったくらいです(笑)。それはだめだとMに言われました。行く前に「今度こそ、ぎゅってしてもらうんだ!」と張り切っていたので、最後に伝えられてよかったと思います。帰りの電車でも喜んでいました。「今日で最後じゃないんだ。また会えるんだ」と自分に言い聞かせるように何度も口にしていました。先生が笑っていてくれるだけで私たちの救いになっていました。

  いま、Mちゃんは自分が目指したい道を探すために、葛藤する日々が続いているそうです。会えなくなっても、いつまでも応援したいと考えています。

 出会った人たちが、帰ってこられる場所の一つでありたい。私が花まるにいる理由のひとつです。

花まる学習会 吉田優太(2022年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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