【花まるコラム】『勇気の芽』清田奈甫

【花まるコラム】『勇気の芽』清田奈甫

 サクッ、サクッ。踏み締めた若草が奏でるリズムをひとしきり楽しみ、アリの行列を追っていたRくんがつぶやきました。
「パパは……怖い」

 Rくんのお父さまから「退塾させます」と連絡をいただきました。理由を尋ねると、
「何度言っても宿題をやれません。そんな日々が、1年続きました。さすがに2年生になったので、4月中にできるようにならなければ退塾、と約束していたんです」
とのこと。2人で話をする時間をいただきたいとお願いしてRくんを教室に呼ぶも、現れたのは、かしこまって口をきつく結んだRくん。ここでは安心できないだろうと感じ、連れてきてくださったお母さまに相談してRくんを近くの神社に誘ったのでした。

 何気ない会話をしながら歩くうちに、やわらかい表情を取り戻したRくん。
「ここ、覚えているよ!年中クラスのときに外遊びに来た神社だ!」
「この看板、あのときもあったよね? いまはこの漢字、読める!」
「アリの行列!どこに行くと思う?あ、こっちこっち!」
 思い出の地を巡るひとときを経て、大きな木の下にしゃがみ込んだRくんが話し始めたのが、冒頭のお父さまに対する気持ちでした。小学生になってからというもの、Rくんが自らお父さまに話しかけることはほとんどなくなったといいます。
「さぼっているんじゃないよ。やろうと思ってるけど、できないの。花まるの宿題も、学校のも。夜まで頑張ってるのに…。2年生になって宿題が増えたから、もっとできなくなっちゃった」
Rくんは木の枝で地面に穴を開けたり、通りすがりの虫をつついたりしながら続けました。
「花まるはやめたくないし、がんばりたい。でもパパは許してくれないと思う…。怖いから、やめたくないって言えない」
Rくんにとって本当に怖いのは、“怒るパパ”ではありませんでした。また、パパとの約束を守れなかった。なぜ、できないの?次もダメだったらどうしよう。そんな、お父さまに認められる自分でありたいからこその苛立ちと迷いが、Rくんの小さな声から感じ取れました。Rくんはこの日、初めて弱音を吐きました。

 授業中は思考力を求められる課題ほど熱中し、同じチームの仲間のやる気まで引き出すRくんですが、宿題を約束通りに終えられないことについては、それまでも度々ご相談をいただいていました。その度に真剣に向き合ってくださったご両親にRくんはいつも反発し、家出をすることもしばしば。そんなRくんが、その日の夜、初めてお父さまに、自分の思いを、“花まるをやめたくない気持ち”を力強く伝えたそうです。家族のすれ違いが、大きな団結力に変わった瞬間でした。

 できないなんて、言いたくない。言ったら幻滅されるかもしれない。そう思うと身動きがとれなくなる。その壁を打ち破ることは、簡単なことではありません。
「あの日、Rの本当の気持ちを聞くことができなかったら、やる気がないのだと決めつけて、何もかもやめさせていました」
のちにお母さまがそうおっしゃいましたが、Rくんが自分の心に向き合い、勇気を出すことができたのは、この危機があったからこそだとも思います。

 Rくんはいま、「エジソンのようになりたい」と、中学受験を目指して日々学習に向き合っています。神社での出来事は、実は3年前のこと。Rくんが自分の力で宿題をやり抜けるようになるためにできるサポートは何か、ご両親と何度も面談を重ね、試行錯誤を続けてきました。Rくんの前に立ちはだかる“宿題の完遂を阻む壁”については、その後の検査で軽度発達障害の特性によるものだとわかるのですが、Rくんはお母さまから「Rは、エジソンと同じだね」と検査結果を聞き、その特性を自分の強みとして大切に受け取ったのでした。

 子どもたちが勇気を出して一歩を踏み出し成長する瞬間は、いつ訪れるかわかりません。いつでも大人が導いてあげられるとは限らず、その子自身の決意を待つ必要があることも少なくありません。だから花まるの教室は、いつでも“いまのあなたを見つめる”場所でありたいと思います。ひょっこり芽を出したその勇気を、見逃さないために。

 

花まる学習会  清田奈甫(2022年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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