先日、とある研修で学習時の子どもの心境を疑似体験するワークを受けました。席に着くと問題用紙が配られ、姿の見えないファシリテーターから「話さないこと」「まわりを見て確認しないこと」「指示がきたらその通りに従うこと」「問題用紙は始まるまで見ないこと」とだけアナウンスされます。どんな問題でどれくらい時間がかかるのか、とにかく情報がないため「うまくできるかな」と不安な気持ちが押し寄せてきました。緊張から体も強張り呼吸が浅くなります。そうしている間にファシリテーターが課題の手順を淡々とアナウンスし始めました。この体験をしてみてわかったこと。まず、情報がなく意図もわからない状態で指示だけ受けると「なぜ?」と思い意識が逸れること。そうすると話の続きが聞き取れなくなること。私の覚えられた手順は最初の2つだけでした。そのため「この手順で合っている…?」つい悪気なく周囲を確認してしまいました。気づけば「もうどうにでもなれ」「やりたくない」「楽しくない」と問題に向き合う姿勢が投げやりなものに変わっていきました。
これは子どもが指示をうまく聞き取れなかったときの気持ちを体感するワークでした。あえてファシリテーターは感情のこもっていない話し方で進行し、距離を感じさせていたのです。先がわからないときの不安な気持ち、不安から生じる物事へのネガティブな感情は大人でも十分なほどのダメージがありました。ワーク中、私が感じていたのは「これは楽しくないもの」「私はできない」という劣等感。聞き取れなかった悲しさやちょっとした不安から、ここまで容易く生じてしまう事実に驚きました。このような状況は、先に意図を伝えることや板書をして視覚化することで対策できます。自分自身で体感したからこそ理解することができました。
ある日、年長クラスに通う男の子のお母さまより授業の直前に連絡が入りました。「先生すみません。うちの子が今朝5時半に起きて、特別課題をやり始めたんです。もしかしたら授業で眠たそうにしているかもしれません…」と。ご家庭で取り組める特別課題として、切ると図形が飛び出す立体カードを渡していました。Kくんは授業の前夜に突如「これやらなきゃ」言い出したそう。時刻はもう21時。「これは宿題じゃないから今日やらなくてもいいでしょ」と諭しても「絶対やらなきゃいけない宿題だから!」の一点張り。そこで「今日はもう遅いから、朝早く起きられたらやろう」と約束したところ、先述のように頑張って早起きをして取り組んだそうです。この話を聞いて、睡眠時間を削ってまでやる課題ではなかったのに、Kくんにそう伝わってしまったことを反省しました。
そんなKくんはというと、眠たそうな様子もなく「これ作ったよ。こんな色で塗ってみたよ」と誇らしげに自作の立体カードを見せてくれました。カードから飛び出した家がまぶしい金色に彩られています。授業の終盤、Kくんが作った立体カードをクラスの子に紹介しました。「先週渡したカードをKくんがこんな素敵に作ってきました!」と言いながら、はっと気が付きました。Kくんは、この紹介のために早起きをして頑張って取り組んできたのだということを。子どもたちが課題の続きを自宅でも取り組んだときは、その成果を紹介していました。みんなに自分のがんばりを見てもらえるこの瞬間をKくんは大切にしていたようです。拍手をもらって嬉しそうな表情のKくんを見て、お母さまも「そういうことか」と納得していました。
一見疑問に感じられる子どもの言動にも、必ず理由があります。「お母さんに笑顔になってほしい」「褒めてもらいたい」「お母さんにがっかりされたくない」「認められたい」…大概の理由は自分のことをよく見てほしい、理解してほしいことがきっかけにあります。しかし、そんなストレートな本心わかりにくいもの。Kくんの場合、「絶対やらなきゃいけない宿題だから!」は、「紹介されてみんなに見てもらいたいからやりたい」でした。子どもの表面上の言葉ではなくその裏にどんな気持ちがあるかに思いを馳せ、寄り添うこと大切に子どもの前に立っていきたいと思います。
花まる学習会 森田千宏(2021年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。