【花まるコラム】『壁と向き合う』森田風斗

【花まるコラム】『壁と向き合う』森田風斗

 3月末に雪国スクールが開催され、私も班リーダーとして参加しました。現場で子どもたちと接して、野外体験の魅力を再認識しました。目の前に雪があるだけで、ひたすら掘り進める子どもたち。1、2時間、平気で雪遊びに没頭する彼らを見て、子どもたちが夢中になる経験として外遊びに勝るものはないなと思いました。

 失敗やもめごとから学びを得られるのも野外体験の魅力の一つです。それを1年生のYくんから改めて学びました。聡明なYくん。友だち同士でしりとりをした際、上級生顔負けの語彙力を発揮していました。また雪遊びでは、硬い雪を掘るときに「まず縦に掘って横にずらせば簡単に掘れるよ!」と言って、遊びのなかでも試行錯誤する様子が見られました。教室でも高い思考力を発揮していることが遊ぶ姿からうかがえました。

 しかし、Yくんにも少し気になることが。それは負けそうなとき、すぐに逃げ出すことです。班の仲間でゲームをする際、負けるとすぐに「もうやらない!」と言って立ち去ろうとしました。普段からよくできるからこそ、弱い自分、できない自分を認めたくない。壁に当たるのを最初から避けて、逃げているように見えました。

 2泊3日の最終日に、Yくんと同じ班の2年生Eくんの間でもめごとがありました。原因は、Eくんの歯ブラシケースをYくんが何気なく踏んでしまって壊したことでした。Eくんはお気に入りのケースだったので、わざとではないにしろ、謝ってほしい。一方のYくんはわざとではないから、謝りたくないという気持ちでした。

 近くにいた私は互いの気持ちを聞き、双方の想いに納得しました。ただし、故意ではなくても、相手にいやな気持ちをさせたことに変わりありません。人と接することがあれば、何気ない行動や言動で相手を傷つけることがあります。そのとき、「わざとじゃない」の一言では済まされません。悪気はないにしろ、相手の気持ちに寄り添える人こそ「魅力的な人」だと思います。

 私は仲介しながらも、できる限り二人で解決できるように見守っていました。すると話を進めているうちにYくんが泣きはじめたのです。謝りたくないと言っていたYくんですが、「壊してしまって申し訳ない」という気持ちはあったようでした。しかし、気持ちはあっても「ごめんね」が言えない。たった四文字の言葉ですが、Yくんにとっては大きな壁だったのです。それもそのはず。「ごめんね」を言うことは、自分が悪かったと認めることになるから。それはYくんが苦手としていたことだったからです。

 泣きはじめて30分くらい経ったころでしょうか。帰りのバスの時間が迫っていたので、「気持ちが落ち着いて謝れるときに謝ろう」とYくんに言い、Eくんも納得してその場を終えました。Yくんは最後まで謝ることができませんでした。

 しかし、この時間が無意味だったとは思いません。Yくんは自分の心の壁を乗り越えようと頑張り、涙を流すほど正面から向き合い続けたのです。たとえいまは乗り越えられなかったとしても、向き合ったことに意味があります。自分の苦手なこと、不得意なことと向き合うのは気持ちのいいものではありません。しかし、人生は綺麗ごとばかりではない。いやなこと、目を背けたいことにも否応なく直面することがあります。それを避け続けることはできますが、その結果進んだ道は本当に自分らしい道と言えるのでしょうか。自分のやりたいこと、叶えたいことは高い壁と向き合い、乗り越えてこそ実現できるものだと思います。

 心の奥底にある壁と向き合うことができたのは野外体験という場だったからです。親元を離れることで、子どもたちは何かあれば自分で解決しないといけない、という危機感を持ちます。自分でやらなきゃいけないという強い想いが芽生えたからこそ、Yくんのように普段向き合えない壁を乗り越えようと踏ん張ることができたのではないでしょうか。

 子どもたちの生きる力を育む場としてやはり、野外体験は格別な環境です。今年度の夏もみなさまのご参加を心よりお待ちしております。

花まる学習会 森田風斗(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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