【花まるコラム】『ヒーロー』今夏希

【花まるコラム】『ヒーロー』今夏希

 今年の夏もサマースクールに行ってきました。6年生のMくんは、最後のサマースクールに「サムライの国」を選びました。サムライ合戦では、腰につけた紙風船をスポンジの刀で狙います。風船を割られた人は退場、軍の総大将の風船が割られたらその軍は負けです。
 今回は4宿対抗、総勢約200名が合戦場に集いました。「合戦、スタート!」の合図に、私たちの軍は敵の動きを見ていました。守備隊のかけ声が攻撃隊の背中を押します。けれど敵も手強く、なかなか隙を見せてはくれません。そんな均衡状態のなか、最前線で「パン!」「パン!」と立て続けに風船が割れる音が響きました。音の先には、まるでムチのように刀をぶん、ぶんと振り下ろしながら敵陣に歩みを進めるMくんがいました。その姿はあまりに勇ましく、敵軍のみならず仲間すらも圧倒していました。
 最初の合戦が終わり、子どもたちのなかから次の合戦の総大将を選ぶことに。しかし、総大将に名乗り出た子どもたちのなかにMくんの姿はありませんでした。不思議に思い、総大将をやらないのか尋ねました。すると、

「俺はいいよ。総大将はやらない。最後のサムライ合戦は、最前線で軍を支える。総大将になる人を俺が守るって決めてきたんだ」

と語ったのです。Mくんの決意を知って、私は俄然、彼を応援したい気持ちになりました。
 次の合戦では「伝説のサムライ ファイヤー」が仲間となり、同じ軍で戦うことになりました。合戦が始まる直前、ファイヤーはMくんに話しかけ、Mくんが大きく頷くのが見えました。どうやら二人で一緒に敵陣に突っ込む約束をしたようです。合戦が始まり、まだ全軍が敵の出方を見ているなか、Mくんとファイヤーは二人で敵陣に駆けていきました。その勢いに、敵軍があとずさりしているのが遠目にもわかりました。背中合わせで刀を振るう二人。しかし、程なくしてMくんの風船が割られてしまいました。 
 肩を落として自陣に戻ってきたMくんに
「やられちゃったけれど、ものすごくかっこよかった!何人も倒したね」
と声をかけると、Mくんは首をゆっくりと横に振りました。

「違うんだ。やられちゃったことよりも、ファイヤーとの約束を最後まで守れなかったのが悔しい。二人で攻めていこうって約束したのに…。一人残してきてしまった」
 そう言うMくんの目は、まだ戦い続けるファイヤーを追っていました。

 最終日、表彰式が行われ、同じ宿で一緒に過ごしてきた仲間のなかからMVPが発表されました。大勢のなかから数人だけ選ばれるMVPは、子どもたちの目標にもなる存在。発表を前に子どもたちのなかから「Mじゃない?」「絶対Mだよ!」とささやく声が聞こえました。そこで、いつもなら宿長が読み上げるMVPの名前を、今回は子どもたちに言ってもらうことにしました。「せーの!」の掛け声に「M-!!」とみんなの声が一つに揃いました。クールに装おうとするMくんですが、今回ばかりは顔を赤くして笑みがこぼれていました。その笑顔とまわりの子どもたちがMくんに向けるまっすぐな眼差しに、目頭が熱くなりました。
 まるでヒーローのようなMくん。けれど、実は初めからこんなに強いわけではありませんでした。Mくんが初めてサムライ合戦に参加したのは3年生のとき。「自分から行くのが苦手だから、勇気を出して一人倒したい」そんな目標を掲げて合戦場に立ちました。しかし、結局勇気が出ず一人も敵を倒せないまま、初挑戦は幕を下ろしました。「自分から行くって決めたのに…」悔し涙を当時のリーダーが覚えていました。そこから毎年、Mくんは合戦場に立ち続けました。今年の大活躍の裏にはMくんの苦い経験があったのです。当時のMくんからは、先陣を切って敵に向かういまの姿は想像できませんでした。弱かった自分と向き合い続けるうちに、心はどんどんたくましくなり、ついに誰もが憧れる存在へと変貌したのでした。

 夏の間、大好きな家族から離れて過ごす数日間。ここには子どもたちの数だけ物語が生まれています。一つの挑戦が数日間で成長に変わることもあれば、Mくんのように数年間を通して大きな成長につながることもあります。次の挑戦は、雪国スクール。この冬、子どもたちを冒険に送り出してみませんか。

花まる学習会 今夏希(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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