年中クラスの子どもたち。4月当初は、名前を書いたことがない子も多くいます。そのような場合には、我々が赤ペンで名前を書きます。「これをなぞってみよう!」と子どもに伝えて、名前を書く練習をするのが一般的です。一方で、「名前を書いたことがある!」「自分で書きたい!」という子には、まずは自分で挑戦できるよう、その子が書いている様子を見守ります。
自分で名前を書いてみることにしたAちゃん。数分後に「かけた!」と言いました。そこには、まだ筆圧も弱く、正直文字とは言い難いけれど、一生懸命に書いた努力の証がありました。Aちゃんにとっては立派に書けた名前です。「どうだ!」と言わんばかりの自信に満ちた表情を私に向けます。「Aちゃん、最後まで書ききったね!よく頑張ったね!」と伝えると、「うん」と大きく頷きました。
Aちゃんはハーフで、しかも外国での生活が長かったため、日本語をあまり話し慣れていない状態でした。そのため、Aちゃんの話す言葉が理解しにくいことも多々あるほか、話しかけると「Aちゃっ!」と名前が返ってくることもしばしば。日本語の名前を書くということにも、まだ慣れていなかったのです。
3か月くらい経った頃でしょうか。名字がカタカナのAちゃんは、真っ直ぐな線が多い名字のほうが書きやすいようで、その頃にはだいぶ濃くはっきりと文字が書けるようになっていました。誰が見ても読めるカタカナです。さらに、当初は腕を動かして鉛筆全体をスライドさせるように書いていたのが、鉛筆の先のみを動かして自由に書けるようになりはじめていたのです。自分の名前を講師のサポートがなくても書けるようになり、アイキューブ(立体教具)などで遊ぶことが多かったのが、鉛筆を使って何かを描いたりすることが増えました。
私は途中で教室を変わることになってしまい、その後のAちゃんの様子はしばらく情報がないままでした。それから半年ほどして、嬉しい情報を耳にしたのです。「Aちゃん、いまでは全部自分の名前をしっかり書けるようになって、しかも聞かれた質問に対してちゃんと返答ができるようになったんですよ!いまの頼もしい姿、見てもらいたいなぁ」。これを聞いたとき、「あのAちゃんが…!」と、とても嬉しくなりました。
Aちゃんに限らず、初めて自分で名前が書けた、ひらがなを書けたという子どもたちは「見て!!」と持ってくることが多いです。それだけ“自分で”できたということは子どもたちにとって大きなできごと。文字を書けるようになると、「ママの名前を書こうかな」「これはパパの名前だよ」と家族の名前を書くようになったり、恐竜の名前など好きなものの名前を書くようになったりします。子どもたちの文字の世界のはじまりは、名前が原点、そういっても過言ではありません。
自分でできた喜びを伝えに来たとき、その瞬間に一緒に同じ目線で喜んでくれる大人が身近にいることは、その子どもの自己肯定感につながっていきます。これからも子どもたちの小さな成長の瞬間を子どもたちと一緒に喜べる人でありたいと思っています。
花まる学習会 島村有香(2022年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。