【花まるコラム】『好きで、夢中に。』北澤優太

【花まるコラム】『好きで、夢中に。』北澤優太

 中学受験を終えたYくんが教室に来ました。1年生から5年生まで担当した子です。その後「中学受験をする!」と一念発起し、受験部門のスクールFCへ異動しました。通常より遅れてのスタートでしたが、彼は最後まで志望校を変えることなく駆け抜けました。結果はすべて思い通りにとはいきませんでしたが、精一杯やった事実に納得したのか、久しぶりに見た彼の顔はとても凛々しく見えました。
 常に焦りや不安と隣り合わせだったことでしょう。けれど入試当日の朝、つないだZOOMの画面越しに見たYくんは、落ち着いたとても良い顔をしていました。このとき私からかけた言葉は「頑張れ! できる! 平常心で!」くらいでしたが、FCのスタッフはみな「Yは楽しんで勉強ができるから、いつか必ず伸びる。今日も問題を楽しんでおいで」そう声をかけていました。聞けば彼は知識の一つひとつを、本当に楽しそうに、興味をもって、吸収していったそうです。特に理科と社会の伸び率にはFCのスタッフも驚いたと。スクールFCの理念「幸せな受験」を体現するように、彼らしく前向きに受験に向き合ったのでしょう。厳しい世界ですが、結果だけではなく、さまざまなことを学んだようでした。嬉しく、またちょっぴり切なくなりながらも、私から離れた受験期間での成長を感じました。

* * *

 Yくんが花まるに入った1年生当時。最初の悩みは、自信がなくて声が小さいことでした。いつもどことなく不安そう。「わからない」が口癖で、なぞぺーの難問に当たると手が止まり、まわりをキョロキョロすることがよくありました。また、彼には愛されキャラな一面もありました。自転車で教室に来たと思ったら、ヘルメットをつけたまま室内に入ってきます。わざとなのか? まさか気づいていない? 「ヘルメットは?」と私に問われたYくんは、その瞬間顔を赤らめ自転車のもとへ走りました。やっぱり気づいていなかったようです。もう、かわいいんだから。

 どうしてあんなに自信のなかったYくんが、楽しんで勉強できるようになったのだろう。いま思えば、そのきっかけは3年生の1年間にあった気がします。ある日の作文に彼が書いたのは、将来の夢。彼が自分の気持ちを強く表現したのは、私の知る限りこれが初めてでした。「漁師になりたい」という想いがびっしり、熱く綴られた作文でした。とはいえ、小学生の夢はまだまだ変わりうるもの。無邪気に「夢」を語れることもこの時期特有だよなと思っていたら、再び彼の想いを感じる機会がありました。
 それは年に1回、11月に開催される作文コンテスト。90分間作文を書く日です。1枚ではなく、何枚でも。30分後、彼はニコニコしながら束になった作文を持ってきました。Yくんがこんなに作文を書くこと、いままでにあったかな? 驚きの気持ちとともに読んでいくと……。
1枚目:魚
2枚目:ハロウィン
3枚目:魚
4枚目:魚
5枚目:魚……。
「いや、ほとんど魚かい!」
思わずツッコミました。ただ、よーく読むと、「スズキのこと」「イシダイのこと」と1枚1枚、別の魚のことが、びっしりと詳しく書かれていました。彼の本気を感じました。とはいえ、せっかくのコンテスト。ちょっと違う切り口で書いてみたら? と提案しました。6枚、7枚……11枚。時間も残りわずか。最終の1枚で出してきた作文には……
12枚目:サミットの魚売り場
「いや、結局魚かい!」
けれど、彼なりに工夫を凝らした素敵な作文でした。常に思考の中心に魚があることに、彼の愛の深さを感じました。

 3年生の2月。「あなたのいいところはどこですか?」という課題作文がありました。自分に自信がなかったYくん。何を書くのだろう。作文を書き終えた彼は、またニッコニコで用紙を持ってきました。
タイトル「魚」
濃くはっきりと、ダイナミックに書かれていました。

 いやぁ。愛おしい。そこまで好きだと思えることに出会えたのなら、君はもう大丈夫。かける言葉は見当たらず、ただただ彼をぎゅーっと抱きしめました。

* * *

 彼はいま、生物班に入り、月に一度海や川に行って魚について研究しているそうです。
 今日も彼は、大好きな魚とともに。夢中は人を強くする。
 Yくんならできる! そのまま進め!

花まる学習会 北澤優太(2022年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

花まるコラムカテゴリの最新記事