その3 般若登場(5年生11月)

その3 般若登場(5年生11月)

 久々にカーっと頭に血がのぼった。
「なんでそんな、まったく自分のためにならないウソつくの、ありえない…!!!」
子どもからあらましを聞き取ったあと、大声で怒鳴り散らし
「ちょっと聞いてよ!」
と夫へ、事の次第を伝える。
「Sがなんと3か月近くも、毎日の計算と漢字をちゃんとやっていなかったって…!見てよ、この穴あきテキスト!!!」
目がつり上がった般若の面のごとき形相で、頭には角が生えていただろう。背景は雷と暴風雨だ。

 発端は、Sがシグマテックの授業後に、先生に残されてガッツリ叱られていたこと。
「ほかにやっていないのは?」
「……●●です」
「どうしてやらないの?」
「……夏休みが終わって…なんだか毎日やるリズムが戻せなくて…。模試の成績は落ちてないし…やらなくても大丈夫かなって…」
長い長い沈黙のあと、泣きながら白状するS。オンライン授業を耳半分で聞いていた私は、Sの告白に驚愕のあまり、ポカンと口が開く。毎朝、計算と漢字の時間はとっていて
「今日は終わっている?」
「終わっているよ」
とやりとりをしていたのだ。Sと先生の話が終わったあとに、該当のテキストを一緒に見返す。見事な穴あき状態。やっている日もあれば、1週間くらい真っ白な部分もある。中途半端に途中で終わらせている日もある。在りし日の、クッキーをこっそり親にだまって食べて「食べてないよ」とウソをつきつつ、口元にかけらを残して笑っていた2歳の頃のかわいいかわいいSが頭をよぎる。もし魔法が使えたならきっと「時間よ、巻き戻れ!」と大声で叫んでいただろう。
「信頼は一日にしてならず、なんだよ。もう当分、信頼しない。全部チェックするよ」
夫にもガッツリ叱られたSは、就寝まで終始、涙目だった。

 さて…数日すると、少しは冷静に物事を考えられるようになる。考えてみれば、教室の子もみんなウソはつく。それは「ウソをついている」という自覚がない場合もあり、深く考えずにその時々の都合の悪い状況を、なんとか潜り抜けようとしているだけ、というときも。そしてウソが暴かれて、「このままでは目の前の人の信頼を失ってしまうな」「自分のためにならないな」と感じる経験を何回かして、行動が変わっていく。わが子だけは例外、なんてことがあるわけないのだな…と自分の親バカっぷりと期待値の高さを反省するばかりだ。

 ちなみに後日、大学時代の友人は
「私も中学受験時代、何のために勉強するのかわからなくて、宿題は答えを丸写ししていたよ。しかも、丸写しとバレないような技を開発して、いかにゴマかすかに命を燃やしていたからね」
と得意げに言っていた。彼女は親が必死に受験対策した中高一貫校になんとか入学したそうだが、その後の大学受験までの間には、コツコツ真面目派に転向し、推薦入試で大学に入学した。いまでは、優秀な国家公務員としてバリバリ働いている。
 経験値が足りなくて先を見通せなかったり「何のための勉強か」を明確にできなかったりする段階の小学生は、ウソやごまかしが発生しやすい、ということだろう。「ウソやごまかしは誰もが通る道」だと思うと、5年生のこの時期に発覚してガッツリ叱られたということは、Sにとってよかったことなのだろう。あと受験まで1年余り…親子の奮闘はきっとまだまだこれから…。

花まる学習会 川波朋子

 

【登場人物紹介】

:東京都内の私立中高一貫女子高出身。花まる学習会 教室長で、過去には花まるグループ進学塾部門 スクールFCで小~中学生の英語も教えていた。 最近買ったボードゲームの名作「カタン」は家族のなかで勝ち越し中。まだまだ息子には負けたくない…!と内心思っている。

:地方の公立高校出身。少しでも寒くなると真っ先に「こたつを出そう」と言ってくる。怒るときはけっこう怒るが、基本は子煩悩パパ。

長男 S:4歳から生粋の花まるっ子として過ごす。久々にガッツリ叱られた今回。さてさていつまでその殊勝さは続くか……。

次男 Y:保育園児。外面がよい甘えん坊。 ヨシタケシンスケさんの『おしっこ ちょっぴり もれたろう』を3ヶ月以上、毎晩読み聞かせるようせがむ。何がそんなにおもしろいのかまったく理解できないが、ケタケタ笑って毎晩幸せそう。

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