【花まるコラム】『知識と経験の網』椿原葵

【花まるコラム】『知識と経験の網』椿原葵

 「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞くときぞ秋は悲しき (猿丸太夫)」

 先日、知人と春日山原始林に行きました。春日山に向かう途中にある朝の奈良公園には、まだ目を覚ましたばかりというような鹿たちがいます。普段なら鹿せんべいを持つ観光客に群がる彼らも、この時間はまだ遠巻きに私たちを見ています。そのとき「ピーッ」という鳥の鳴き声のような音がしました。なんだろうと思っていると、知人が「いま、鹿が鳴いた」と言いました。この時期は鹿が鳴くと聞いてはいましたが、このときはじめて鹿の鳴き声を知りました。

 紅葉が見頃の山中で、再び「ピーッ」という声を聞きました。木々の間からこちらを見つめる鹿には、奈良公園の鹿と違って立派なつのが生えています。「あれは山の子やねぇ」と言われたその鹿は、やがてどこかに去っていきました。

 このときふと頭に浮かんだのが、冒頭の和歌です。紅葉の散る山で鹿の声がする。それを聞くと、秋のもの悲しさを感じる。昔の人はそんなことを考えたのかもしれません。あとで調べてみると、この時期に発情期を迎える雄鹿は、雌鹿を求めて鳴くのだそうです。この和歌は、そんな鹿の姿に、恋人を思う自分自身を重ねて詠まれていました。私の解釈とは違ったものの、紅葉のなかで本物の鹿を目にしたことで、その和歌は鮮やかに心に刻まれました。

 今月の年長クラスの特別授業では、「ぶんぶんごま」を扱いました。うまくいくと、ブーンという音を立ててコマが高速で回転します。一つ目の実験では、コマの中心の半分に半円を描き、回転させます。「丸が見えた!」「色もちょっと違う!」と、子どもたちは驚きを口にしていました。

 二つ目の実験では、青色の丸を2つ、ぶんぶんごまのふちに描き入れます。これを回すとどんな模様が現れるでしょう。ある子はたくさん丸が見えると予想し、また別の子は丸がつながって見えると考えました。それでは実験スタートです。コマを回してみると…「つながって見えた!」「青で塗ったのに水色に見えた」と、いろいろな発見があります。

 実験のあとは、クイズに挑戦。問題は、ある図形を描いたコマを回したら、どんな模様に見えるでしょう、というものです。さっきは実際にコマを使いましたが、今度は頭のなかだけで考えます。問題数が半分ほど終わったところで、最初の実験のことを話しました。「さっきの実験、覚えている?丸を描いて回したら、模様がつながっちゃったよね。実はこのクイズも、そうやって考えてみると答えに近づけるよ」

 すると、自信なさげに考えていた子も、表情がそれまでより明るくなってきました。「これでいいのかな…」だったのが、「これだ!」に変わっていきます。初めから考え方を説明すれば、正解数は多くなったはずです。でも、それではおもしろくありません。まず子ども自身が自分で実験したからこそ、「模様がつながって見える」という実体験と結びつき、いきいきと考えられるようになったのです。

 知識と経験のつながりは、網の目にたとえることができます。たとえば、アスレチックの遊具を想像してみてください。多少の危険を伴うものだと、地面に落ちないよう、足元にネットが張られていることがあります。もしそのネットの目がとても粗かったら…。網に引っかからず落下してしまいそうで、こわくて一歩も動けなくなります。さすがに人がすり抜けるほどではなくても、腕や足がはまってしまうことはありそうです。反対に、細かい目のネットが張られていたら…。万が一落ちても、しっかり受け止めてくれます。知識と経験のつながりも、これと同じなのではないかと思います。

 何度も自分で考えて学んでいく。そうすることでたくさん結び目がつくられ、だんだんと網目が細かくなっていきます。 落下して大けがをしないよう受け止めてくれるネットができあがっていくのです。 そんな知識と経験の網目をたくさん紡いでいけるような、発見や驚きや感動がある授業をこれからも行っていきます。

花まる学習会 椿原葵(2022年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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