【花まるコラム】『ワリバシがつなぐ絆』此﨑忍

　「俺は帰る、帰らせてくれ！」
そう言ったのは、3年生のTくん。この日はShip Kidsの合同練習日でした。Ship Kidsとは、「Shining Heart’s Party」という障がいのある子もない子もその家族もみんなで楽しめるバリアフリーコンサートに出演する子どもたちのことで、花まる学習会の子どもたちを中心に有志で集まるチームです。そのコンサートで Ship Kidsは手話歌を披露するため、練習を重ねてきました。感染症対策のためオンラインでの練習でしたが、この回からは、感染症対策を徹底したうえで、対面での練習。Tくんと直接会うのは、この日が初めてでした。

　練習会場に来るなり、拒絶反応を示していたTくん。「俺は遊びたかったんだ。こんなところにいたくない」と抵抗していました。練習が始まるまで、帰ろうとするTくんとそれを止める私との戦いです。花まる学習会代表の高濱が中心に結成しているバンド、「KARINBA」。Ship KidsはこのKARINBAと一緒に歌うため、その練習もあったのですが、このときのTくんにとってはKARINBAの優しい曲も雑音に聞こえてしまったようで、「うるさい！」と耳を塞いでいました。

　無理にTくんを参加させるのではなく、ほかの参加者から見えないところで休むことにしました。少し落ち着いてきたTくん。そこで、手話とは関係ない話をすることにしました。彼の持ち物をきっかけに『鬼滅の刃』を話題に出したところ、少し心を開いてきた様子。そこでも無理に練習に連れて行こうとはせず、もう少し彼の気持ちが落ち着くのを待つことにしました。すると、彼が
「ワリバシって知ってる？」
と言いました。「ワリバシ」とは、子どもたちの間で定番の指遊びです。私も知っていたので、彼と対決しました。すると、彼の得意な遊びだったようで、私に勝利し、機嫌がよくなってきました。ここでTくんが重い腰をようやく上げ、自ら練習の輪に入っていきました。途中から参加したためバツが悪そうでしたが、一生懸命、手話をし始めました。うまくいかず「帰りたい」と言うこともありましたが、一緒に取り組んでくださったお母さまのおかげか、最後までやり抜くことができたのです。

　2週間後、次の合同練習です。開始時間になっても、Tくんはやってきません。今日は来ないのかなと思っていると、練習開始数分後、彼がやってきました。「帰りたい」と言うかと思いきや、最初から練習に参加しました。途中、集中力が切れると、柱にしがみついて「エネルギー充電」と言っていました。彼なりの切り替え方法だったのかもしれません。休憩時間になると、彼の口から出たのはやはり
「ワリバシやろう！」
でした。ワリバシが、彼のモチベーションを保っていたようです。ただ、前回と違うのは、この日はほかの子どもたちともワリバシでつながっていったこと。ワリバシが彼のコミュニケーション手段になっているようでした。

　さらに2週間後、Shining Heart’s Party当日を迎えました。Tくんがやってきます。この日も時間があれば
「ワリバシやろう！」
と、私に声をかけてきました。

　リハーサルの時間が近づき、舞台袖に向かうときです。舞台袖で大きな声を出してはいけないことを伝えると、頑張って守ろうとするTくん。そしてリハーサルが始まりました。私が隣に立って一緒に手話をしていたのですが、そこには、緊張しながらも頑張ろうとするTくんがいました。

　リハーサルが終わり、練習場所に戻ると、「まだあるの？」と不満げなTくん。口ではそう言っているものの、頑張れると私は信じていました。

　コンサートが始まり、プログラムが進んでいきます。いよいよShip Kidsの出番が近づき、舞台袖へ移動しました。緊張しながら出番を待っていると、その時が来ました。舞台に上がるTくん。緊張はしているが、落ち着いている様子。その姿を見て、私は隣ではなく、一歩後ろに引いて、合唱や手話をしました。離れても一生懸命頑張るTくん。自分の力でやり遂げることができました。

　数回の練習と本番のみの交流ですが、Tくんの成長を確かに感じることができました。最後まで堂々とやり切ったTくんの姿は素晴らしかったです。

　今回、Tくんと私をつないだのは「ワリバシ」。一つのきっかけで気持ちがつながれば、思いは伝わる。そのきっかけは、どこにあるかわかりません。教室でも子どもたちとの気持ちがつながるきっかけを、日々探していきます。

花まる学習会　此﨑忍（2022年）