【花まるコラム】『小さな声』林飛翔

【花まるコラム】『小さな声』林飛翔

 田舎に生まれた私は、夜眠れないと、急に虫の鳴き声が気になったり、「赤ちゃんの泣き声!?」と不安になって「猫が鳴いているだけ」と母から聞いて安心したり、今度は冷蔵庫の「ブォーーン」という音が気になり、時計の音までもが「カッチカッチカッチ…」と段々と大きく聞こえてくることを不思議に思ったりしていました。聞きたくないのに聞こえる。ところが普段は小さな声や音を聞こうと耳をそばだててみても聞こえない。

 現在3年生のZくんは、いまでこそ座って授業を受けられるようになり思考力をぐんぐん伸ばしていますが、年長の頃は机の下に潜り込んだり、寝転がったり、自分の好きなIキューブ(空間認識力を鍛える立体教具)と思考実験以外はなかなか取り組まずに立ち歩くこともありました。そんな彼に異変が起きたのは、2年生のゴールデンウィーク明けの授業。ぞろぞろと子どもたちがやってくる時間に、Zくんの姿がなく不思議に思って教室の外を見てみると、お母さんの側から離れようとしないZくんの姿が。
 どうやら急に、教室に入りたくないと言い出したそうです。普段から「花まるは大好き!」と言っているとお母さまから聞いていたので驚きました。5分ほど外で話をしても、入り口に来ると私の手を振りほどいて逃げ出していきます。子どもたちのそばでサポートをする講師と協力して、その日は自分の席ではなく教室の入り口付近に椅子を用意して、そこで授業を受けてもらうことにしました。授業が終わると一目散に教室を飛び出して帰っていきます。授業後にお母さまと電話をして、家での様子や学校での様子、何か変わったことがないかを聞きました。すると、学校への行き渋りが始まったそうで、これは何か困っていることがあるのだろうといろいろ思い返して考えてみました。しかし解決の糸口が見えないまま、教室にスムーズに入れない状態が4週間ほど続きました。HIT(Hanamaru Intelligence Test)と花まる漢字テストの日も、家で漢字練習をしてきたのに教室に入ろうとせず、遅れて入室し入り口付近に座って受けました。「いったい何が…」と思考を巡らせているとき、「あれ、そういえば」とふと思い出し、テスト後すぐにZくんのお母さまに電話して確認してみました。すると「そういえば、学校に入れなくなったときも、たしかにそうでした」と。「来週、年長の授業が終わる前に教室に来てください」と伝えて電話を切りました。

 翌週の花まるの授業の日、「今日はすんなり教室に入れるだろうか」という私の心配を吹き飛ばすように、年長授業中にガチャと音がして、Zくんが扉を開けて入ってきました。「お~Z!こんにちは!」と声をかけると、返ってきたのは「よぉ」という小さな声。しかし、その表情には久々に「一番乗り」で教室に入れた喜びが感じられました。そしてみんなと一緒に授業を受けることができました。私が思い出したのは、Zくんが年長のときに「あ、きょうもいちばん!」と嬉しそうに教室に入ってきていたこと。それは小学生になっても同じで、誰よりも早く来ることにこだわりをもっていました。しかし、ゴールデンウィーク明けからお母さまが仕事を始めたことで車での送迎が遅れ、一番乗りができなくなってしまったのです。それだけ?と思うようなことかもしれませんが、Zくんにとっては、大きなこと。みんなが入室したあとに入ることで、みんなの目線が気になるのも、原因の一つだったようです。何はともあれ、少し早めに教室に来るということで解決しました(学校も早く行くようにしたことで、行き渋らなくなったそうです)。

 授業では、先生の質問に手を挙げて発言する子が積極的に参加しているように見えます。たしかに、大きな声で発言できる子は良い意味で目立つのでそう感じますが、手を挙げて発言していなくても、チームの先生にこそっと小さな声で自分の意見を伝えている子もいますし、声に出さずに文字で伝える子もいれば、絵に描いて表現している子もいます。私は授業後に講師たちと交流し、子どもたちの近くでサポートするからこそ拾える様子を聴くことを大事にしています。これからも目と耳と心で子ども一人ひとりの声にならない声も聴いていきたいと思っています。

 声にならない声を聴く大事さを、Zくんが私に教えてくれました。

花まる学習会 林飛翔(2022年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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