【花まるコラム】『だれかのヒーローに』谷田川美冬

【花まるコラム】『だれかのヒーローに』谷田川美冬

 今年もサマースクールの季節がやってきました。サマースクールとは、夏の野外体験の総称です。無事に準備を終え、問題なくスタートをきることができそうです。教室でも、いまかいまかと待ちわびている子がいたり、初めてで心配している子がいたり…どんな夏になるのか、胸の高鳴りが止まりません。野外体験は、子どもたちが新しく出会う子と全力で遊べる場。そこでは、子どもたちがさまざまな場面で成長を見せてくれます。

  青く生い茂っている草原を、風を感じながら駆け出します 。年長コースの虫捕りの時間です。全力で走って素手で捕まえにいく子もいれば、虫捕り網を使って慎重に獲物を狙う子もいます。私が担当した班の女の子のなかには、虫を見ると、「何だか怖い」と近づこうとしない子がいました。鋭利な前足のカマキリや、飛び回るトンボやコオロギは、なんだか気味が悪いのでしょう。恐怖心を抱いてしまうのも仕方ありません。
 そこで、「虫は、同じ地球にいる仲間だから怖くないよ」と伝え、トンボを捕まえるコツを教えました。「自分で捕ってみたい人?」と聞くと、一斉に「はい!」と手を挙げたので、網を渡しました。何度も網を振り回しますが、惜しくも捕らえられません。すると、「もっと上からいったほうがいいよ!」「静かに近づいたほうがいいんじゃない?」とお互いに声をかけあって、どうしたらいいか考える様子が見られました。「とった!」と歓喜の声があがったので、近づくと…なんとトンボが1匹、網に入っていました。「どうしよう!?」と子どもたちは駆け回りながら興奮しています。「だれか触る?」と聞くと、みんな少しためらいます。私の班の子どもたちがなかなか触れられずにいると、たまたまコースが一緒になった、私の教室に通うTくんが近づいてきました。
 Tくんは明るく活発な男の子で、さまざまなことに興味津々。そのTくんが、「どうしたの?」と声をかけてくれました。女の子全員が網を指差し、目で訴えます。すると、「トンボを触れないの?ぼくがとってあげようか?」とサラッと言ったのです。Tくんは優しく網をあげ、羽の部分を持って女の子たちに見せてあげました。「おおー!」という声とともに拍手が起こります。Tくんは照れながらも、「はい、どうぞ!」と女の子の手に、自分の手をそっと添えながらトンボを渡していました。

 サマースクールが終わり、教室でTくんと会いました。Tくんは、「先生、ぼく、みんなのヒーローになったんだよ!」と誇らしげに教えてくれました。なんと、女の子たちがそう言ってくれたのだそうです。そのことをお母さまにお伝えすると、「Tは自分の世界中心で行動してしまうので、迷惑をかけていないかすごく心配でした。ですが、外で誰かのために動けるようになったこと、そして女の子たちからの言葉が嬉しかったのか、家でもいろいろ手伝ってくれるようになりました。成長に驚いています」とおっしゃっていました。
 親元を離れての生活は心配な点も多いかと思いますが、ご家庭ではない野外体験だからこそ、多くの挑戦をしたり、誰かのために動いたりしながら、子どもたちは成長していきます。Tくんのように、誰かのヒーローやヒロインになっていることもあるかもしれません。

 Tくんは、「今年もサマースクールに行く!」と意気揚々と、自分で荷物の準備をしているそうです。今年は、どんな夏の物語が待っているのでしょうか。子どもたちの成長を見届けられることが、いまからとても楽しみです。

花まる学習会 谷田川美冬(2022年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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