【花まるコラム】『正解はない』小林彩加

【花まるコラム】『正解はない』小林彩加

 「これ、僕のだよ」
「いや、僕のだってば!」
声のするほうに目を向けると、泣きそうな、そして真剣な表情で男の子二人がじっと見合っていました。
 「どうしたの?」と聞くと、まわりの子が口々に答えてくれ、状況はなんとなく理解できました。3年生のAくんが宿の前にいたクワガタを見つけたのですが、少し高いところにいてAくんの身長では届きません。どうしようかと思っているところにあとから来た4年生のYくんがそのクワガタを捕まえたのです。クワガタは、見つけたAくんのものなのか、捕まえたYくんのものなのか。たしかに難しい問題です。

 なんとこの問題、解決までに4時間ほどかかりました。二人のまっすぐな表情から少し時間がかかりそうだな、と思い「預かっておくから先に遊んでおいで」と伝えたので実際に話し合っていた時間はもっと短いですが、二人ともたまに私のところまで来てはクワガタの様子を見て、また遊びに戻っていきます。「クワガタ元気?」「クワガタどんな様子?」「大事に持っていてね」遊びに夢中になりながらも、心のどこかでは気になってしょうがないのでしょう。クワガタ1匹、子どもたちにとっては真剣な問題です。
 外での活動が終わったあとに、二人と私だけで話し合いをしました。生き物を持って帰るときに子どもたちに聞いていることがあります。ここがクワガタにとっての居場所で、それでも持って帰るかどうか。持って帰るとして、きちんと大切に育てられるか。二人ともわかったうえで力強く「できる」と答えました。「じゃあ、どうやって決める?じゃんけん?話し合い?」すると、二人とも話し合いを選んだのです。しかし、話し合いを選んだものの沈黙が続きます。どれくらい経ったでしょうか。二人の葛藤を感じました。最初に沈黙を破ったのはAくんでした。すっと立ち上がって「決めた、あげる」。そう一言伝えたAくんはすごくスッキリとした表情でした。Yくんは驚きつつも「ありがとう!僕、大事に育てるから」と言いました。その後、Aくんにどうして決められたのかを聞くと「このままじゃいけないのはわかっていたけれど僕も欲しいし、でもみんなとも楽しくしたいし。いっぱい考えた」と教えてくれました。

 このクワガタ問題はサマースクールでの一コマですが、日常のなかにもたくさんあるはずです。今回の選択、どちらが正しくて、どちらが間違っているということはないでしょう。譲ったAくんの優しさも、自分の気持ちに正直だったYくんも、それぞれがたくさん考えた結果です。今回はAくんが譲ったことで解決しましたが、必ずしもそうなるとは限りません。なかなか納得できないこともあるかもしれません。ただ、時間をかけることで少し冷静になり、受け入れるための準備ができます。

 気持ちを整理するには時間が必要です。解決を急かさないこと。そして、できるだけ自分で決めること。それだけで、次に進むことができます。時間がかかることもあるかもしれません。そんなとき、どのくらい時間がかかろうと、子どもたちが自分で気持ちを整理できるまで、そばで一緒に待ちたいと思います。

花まる学習会  小林彩加(2022年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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