「先生、答えを言わないで」
そう言ったのは、年長のAくん。
年長授業では、毎回思考実験を行い、さまざまな問題を通して考える力を育んでいます。今回は、複数の正方形を並べて異なる形を見つける課題でした。正方形を横に並べ、最長部分が5枚のものを作成し、4枚…3枚…と少しずつ減らしながら、その条件のなかで作れる形を考えます。この問題の解き方をレクチャーしていたときでした。
「あ、わかったで!」
と、のりと正方形を勢いよく掴んだAくんは、問題に取り組み始めました。同じ形ができないようにと、Aくんは試行錯誤していました。
「あれ…こうすると一緒の形になる…」
そう言いながら、貼っては剥がしを繰り返していたAくん。毎回子どもたちには、間違えたら剥がしてまた挑戦すればいい、と伝えていました。しばらく講師も私も見守っていましたが、なかなか突破口が見つからず、Aくんの表情がどんどん曇っていきます。
「う~…ん…わかんないよぉ!」
心の声が漏れました。一番長いところが…と指さそうとしたときでした。
「…ちょっと言わないで!」
と、Aくんが私の顔の前に手のひらを差し出しました。てっきり私はヒントがほしいのだと思っていたので、驚き、目が点になりました。
「先生、わからへんけど…まだ自分で考えたい」
彼は、もっとじっくりと考えたかったのです。もう少しで私は、彼の貴重な体験を奪ってしまうところでした。しばらく彼は、その1問に奮闘していました。授業が終わる間際に「ああああわかった!」と大きな声をあげ、誇らしげに見せてくれたテキストは、貼っては剥がしてを繰り返したのでしょう、紙が剝がれていました。Aくんは、その問題の答えに、見事にたどり着いていました。
「先生、もっと難しい問題出して!」
そう言ってきたのは4年生のBちゃんでした。Bちゃんは、その日に取り組む課題をすべて終わらせ、発展問題にも取り組んでいました。
「問題の文章が違うけれども、今日学んだ方法で解けるものだからやってごらん」
と用意していたテキストを指さし、Bちゃんに渡しました。
「え?これ、どうやって解くんだろう」
Bちゃんは頭を抱えました。しばらく考え込むも、答えにたどり着けず、
「もうわからん!!」
と頭を掻きむしりました。時間が来たため、一旦中断し、授業は終了。
「最後まで解きたい!だって気持ち悪いし、悔しい」
そう言って、彼女はもう一度ノートとテキストを開きました。
「先生、少しだけ…ほんの…少しだけヒントをください」
ヒントを伝えると、
「…あ!!」
と教室中に響き渡る大きな声を出し、勢いよく問題を解き進め、答えにたどり着きました。
「すっきりした~!先生!ありがとう!」
輝く瞳をこちらに向けて、彼女は鞄にノートを放り込み、勢いよく教室を飛び出していきました。
ふと昔の自分を思い出しました。私は、幼い頃からバドミントンをしています。始めたきっかけも、中学生時代に部活動に所属していなかった私をずっと指導してきてくれたのも、父でした。そんな父の口癖は「自分で考えろ」でした。
県大会につながる大事な試合で、あと2点先に取られてしまうと敗退が決まる瀬戸際でのこと。「しっかりしろ!」とげんこつとともに父から喝を入れられました。具体的なアドバイスはくれないのかと、頭をさすりながら思ったことを覚えています。その後、自分で考え試合に臨み、逆転勝ち。最後の1点を決めたとき、思わず父を見ましたが「やっと終わった」とだけ言い、パイプ椅子から立ち上がると、観客席に帰っていきました。
「あの試合はよかったぞ」帰りの車中で、父がボソッと声をかけてくれました。その言葉がとても嬉しかったことは、いまでも忘れることがありません。
自力で解けた経験や、達成できた経験は大きな財産です。さらに、見守ってくれる人がいることも必要だと思います。AくんやBちゃんのように「自分で解きたい!」と思い、問題と向き合っている子は教室にたくさんいます。あえて口出しをしないことも、もう少し見守ることも、そしてそのあとの一言が大事だということにも気づかされました。これからも彼らの行動や表情から、読み取り学び、導いてまいります。
花まる学習会 吉田いつむ(2021年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。