【花まるコラム】『学び合う』清田奈甫

【花まるコラム】『学び合う』清田奈甫

 「ぼくには作文に書くようなことがない!」1年生のHくんが作文用紙を前に鉛筆を握るも、何を書こうかと思いあぐね、顔を上げて私に助けを求めました。最近のできごとについてインタビューしてみると、ぜひ作文に残してほしい“いまのHくん”がいくつも顔を覗かせ話に花が咲くのですが、どれも「作文にするほどじゃないの」と筆が進みません。授業で取り組む自由作文のルールは“特別なことと思わずに、思いのままに書く”ことですから、テーマはどんな些細なできごとでも、ふと思い浮かんだアイディアでもいい。そのことはわかっていても、“作文に仕上げる”ということに高いハードルを感じているようでした。
 書きたいテーマを探す前に、まずは作文に対する緊張感をほぐそう。そう思って改めてHくんと話そうとしたとき、自身の作文に取り組みつつ私たちの会話を聞いていたKちゃんが「あのね、すごいことじゃなくてもいいんだよ。昨日の朝ごはんのことだっていいんだって!」とHくんにそっと声をかけました。「そうだけどさぁ…」わかってはいても、“かっこよく”書きたいHくん。さらにKちゃんは「私は今日の花まるのことにしたよ」と書き進めている最中の作文をHくんに向けて見せました。するとHくんは“本当にそういうことでいいんだ!”と腑に落ちた様子で、でもちょっぴり羨ましいような、悔しいような表情を見せ、意外にもあっさりと「じゃぁぼくは好きなことを書こうっと!」と作文用紙に向かい始めました。そこには、Hくんの大好きな“漢字”への想いが、力強い字で綴られていきました。
 私が少しずつほぐそうとしたHくんの心を、Kちゃんはあっという間に溶かし、さらにはメラメラと燃やしました。同じ課題に向き合う仲間同士の学び合いや切磋琢磨には、大人とのやりとりだけでは生み出せない、計り知れないパワーがあります。

 また、このときのKちゃんには、「いまHくんを助けたら、自分の作文の時間がなくなってしまうのではないか?」そんな疑問は1ミリもないように見えました。そんな真っ直ぐな心だからこそ、Hくんの心に響いたのだと思います。
 実はこのあと、Kちゃんは「あぁ~好きなことかぁ。私も書いてみようかな」と次の作文へのヒントを得ることになるのですが、枠を設けて縛られることなく、大切なものが二つあったらどちらにも全力で向き合おうとする素直な心が、彼女の学びの世界や成長の幅をさらに広げていることに気づかされます。

 2人の学び合いを見守りながら、ふと“母としての自分”に目を向けました。母親1年生の私は、大切な仕事に没頭したい思いと、わが子と過ごす時間を大切にしたい思いとの狭間で、心が揺れ動くことがあります。娘が体調を崩して自宅で一緒に過ごすことになれば、娘を前に今日進めるはずだった仕事をどうやって挽回するかを考えている自分が気になります。夜になり娘を寝かしつけ、仕事モードへ切り替えたのも束の間、娘の夜泣きが始まり寝室に逆戻りすれば、ドアの向こうに残してきた仕事が頭をよぎり、娘に100%寄り添えていない気がして申し訳なくなります。現場で子どもたちの前に立つために娘を夫や実家に預ければ、「私は母としての仕事には、向き合えていないのではないか」と自問する……。
 私ったら、どちらも大切にしているつもりで、実は優先順位に縛られていたのでは? と、ハッとしました。もっと素直に、仕事からも子育てからもたくさんのことを吸収して、どちらにも還元していけばいいじゃないか。心がフッと軽くなると同時に、子どもたちの前に立つ大人として、そして母としての可能性を広げてもらったような気がします。

 学びの現場にあるのは“教える”ことだけではないことを、身にしみて感じます。子ども同士の学びだからこそ生まれる成長があり、その過程を見つめることで教えられることもある。それらを見逃さずにともに成長し、さらなる学びにつなげることが、子どもたちのそばで寄り添う私たちの大切な役割の一つだと思います。

花まる学習会 清田奈甫(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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