『たこマン』は小学生低学年コースの中でも人気の教材の一つです。一枚の絵を見てその後の展開、通称「オチ」を考えて発表するもので正解がある問題ではありません。自分の考えをまとめて発表し、みんなを笑わせることが目的です。ある日、クラスの子どもたちが『たこマン』をめぐってこのような会話をしていました。
「たこマンはさぁ…手を挙げてから考えるんだよね」「そうそう!見た瞬間に手を 挙げて、指されるまでに考えるんだよ!」「絵が簡単だからそれでも間に合うんだよね!」
薄々は気づいていましたが、子どもたちのあけっぴろげな話に笑ってしまいました。絵を見せると同時にバババッと手が 挙がるので、私も以前からあやしいと思っていたのです。
それにしても、子どもたちは本当に人を笑わせるのが大好きです。私の甥の話になりますが、彼がまだ小さくて言葉もほとんど話せなかった頃、変な表情をして集まった親戚を笑わせたことがありました。すると味をしめたのか、彼はまた同じ顔をして笑わせようとしてきたのです。言葉もわからないのに、人間は周囲を笑わせようとする生き物なのだな…と感心しました。
人を笑顔にすると、自分も幸せを感じるというのは、人間が持って生まれた性質のなかでも最も大切なものかもしれません。自分がおこなったことで人が笑顔になると、喜びが胸の中に溢れてきます。特に子どもは嬉しいとき、楽しいときには素直に笑顔を見せてくれるので、その表情だけで周囲の人を幸せな気持ちに浸らせてくれます。
もっとも、こういったことも大人になってからわかったことであり、子どもたち自身はわかってはいないことでしょう。そう思っていたのですが、そんな偏見を覆すようなことが、先日ありました。ハムスターを可愛がっている三年生の女の子、Nちゃんのお話です。Nちゃんは自分が飼っているハムスターをとても可愛がっていて、作文でもそのハムスターが頻繁に登場します。それも毎回、ハムスターの新しい一面を捉えていて、この小さな生き物を飼うことが彼女にとってかけがえのない経験になっていることが伝わってきます。そんなNちゃんはある日の作文にこう書きました。
「ハムスターは、かみついてくることはありますが、それはこわがっているから。ハムスターの気持ちになってやさしくすると、ハムスターがよろこびます。」
Nちゃんの優しさがひしひしと伝わってくる文章で、読んでいる私も心が温まってくるのを感じました。が、作文はここでは終わりません。Nちゃんは続けます。
「それだけではありません。なんと、自分までうれしくなれるのです。」
Nちゃんはハムスターが喜ぶ姿を見て、自分の気持ちまで嬉しくなっていることに気づいたのです。三年生の女の子がここまで自分の心の動きを正確に捉えていることに驚きました。大人が子どもを見るときに感じていることを、Nちゃんはハムスターに対して感じていたのです。
Nちゃんは私の大切な生徒の一人です。そのNちゃんは、小さなハムスターを大切にしています。ハムスターが喜ぶと、Nちゃんも喜びを感じます。そのNちゃんの喜びを知ると、私も嬉しく思います。
喜びがまるでロシアの人形マトリョーシカのように、入れ子状になっているように感じました。 大人には温かい気持ちはマトリョーシカの内側から外側に向かっているように感じますが、外側から内側に伝わっていく喜びもあることでしょう。子どもたちもお母さん、お父さんの笑顔を見て喜びを感じ、その子どもの姿を見て、ひょっとしたらハムスターも喜んでいるかもしれません。
Nちゃんは作文をこう締めくくります。
「ハムスターをかっている人にしかわからない、ふしぎな力。これはかんたんに人ができることではないと思います。ハムスターにみならって、家族や友だちをはげますことができるように、なりたいなと思います。」
Nちゃんはもうそうなっているし、これからもそんな存在であり続けることでしょう。 周囲を明るく照らす素敵な大人になったNちゃんの姿が目に浮かびます。
花まる学習会 山崎隆(2021年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員のみなさまにお渡ししています。