【花まるコラム】『不便な経験、適度なゆらぎ』船水萌

【花まるコラム】『不便な経験、適度なゆらぎ』船水萌

 さあ、夏休みがはじまります。あっという間の1学期。毎週、送り迎えや持ち物の準備をしてくださりありがとうございました。みなさまとの面談も貴重な時間でした。お子さまの家での様子やこれからのことについて話すことで、教室での今後のかかわり方に活かせます。

 面談をしていると、なるべく子どもにいやな思いをさせないように、失敗をさせないように、苦労をさせないようにという気持ちで話が弾んでしまうことがあります。やはり、他人である私でさえも、子どもたちにはニコニコで授業を受けてもらい、ニコニコで野外体験に行ってもらい、ニコニコであさがお(書き写し教材)サボテン(計算教材)の宿題をしてほしいものなのです。

 でも同時に、『子どもが心配~人として大事な3つの力(養老孟司著)』に書かれていた言葉が私の脳裏をよぎります。「不便が人を教育する」「子どもには適度なストレス(ゆらぎ)が必要」。どのような経験がその子の成長にとって価値あるものになるか、そこを考えるもう一人の自分が登場します。たとえば、「あさがお・サボテンができないから花まる学習会を辞めようと思っています」という保護者の方からの相談に対しては、うまくいかないことの大変さに共感しつつ、ここで辞めるのが本当にその子のためになるかを考えてフォローの仕方を提案します。

 なかでも野外体験への参加は、保護者の方にとっても大きな挑戦でしょう。コンセプトが「もめごとはこやし」であるように、親から離れて、多様な子が集まる「ミニ社会」のなかでもまれてくるわけです。「苦労するよな」「いやな思いだってするかもな」と考えて、一歩を踏み出せないご家庭もあります。そこで、今回は私しか知らないサマースクールでの一幕をお届けします。

 3泊4日のサマースクールに初めて参加した1年生のYくん。1日目は班のみんなと楽しく過ごしたのですが、その日の夕飯をあまり食べなかったのです。これはホームシックだなと思い、食堂から部屋へ戻るときに私はYくんに声をかけようとしました。すると、Yくんから話しかけてきたのです。

Y:あのさ、ママに電話しておいてね。
私:何か伝えてほしいことがあるの?
Y:あと1泊にしてって、言ってほしい。

 班の仲間は部屋のなかで遊んでいます。私とYくんは部屋に入らず、ドアのかげに座りました。

私:それをママに伝えたいんだね。でもね、サマースクール中はママには連絡できないんだ。
Y:え…そっかぁ。じゃあ、パパは…?

 涙を流しはじめたYくん。私は、Yくんが今日頑張ったことをたくさん、ゆっくり伝えました。隣で静かに泣くYくん。私の話すネタが尽きると、その後2分くらい沈黙が続きました。長い、長い2分間でした。

 すると、自分のなかで折り合いがついたのでしょう。突然、なにも言わずにYくんはすくっと立ち上がりました。班のみんながいる部屋の入口で止まり、「にっ」と口角を上げてから、「なにしてるの~?」と言って、部屋で遊んでいる2年生や3年生、4年生の輪のなかに入って行ったのです。

 それを見た瞬間、胸がいっぱいになりました。絵にかいたようなやせ我慢。笑顔を作ってから部屋に入っていくYくんの横顔はいまでも私の脳裏に焼きついています。その後「早く帰りたい」と言うことは一度もありませんでした。お迎えのときは開口一番、「すっごく楽しかったよ~!」とお母さんに飛びついたYくん。それからあんなことを頑張った、こんなことも一人でできたと話が止まらない様子でした。

 子どもたちは、大人が思っている以上にしなやかなのです。そのしなやかさを発揮させてあげる場を作るのが花まる学習会の教室であり、野外体験だと思っています。不便な経験、適度なゆらぎのなかでの成長を見守らせてください。必ずこれからの時代を生きていく糧になります。

花まる学習会 船水萌(2023年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

花まるコラムカテゴリの最新記事